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第四章 敵になるという選択

地下水路を抜けた先は、かつて物流施設だった場所の残骸だった。天井は半分以上が崩れ、朝とも昼ともつかない灰色の光が、埃を含んだ空気を照らしている。水に濡れた服が肌に貼りつき、ユウトは小さく身を震わせた。


「……ここ、どこ?」


「名前はもうない。地図にも残ってない」


ユウはそう答えながら、周囲を素早く見渡した。人の気配はない。だが、人がいた痕跡だけはやけに多い。即席の寝床、空になったバッテリー、壁に刻まれた雑多なマーク。その中に、刃物で引っ掻いたような歪んだ三日月の印があった。


「……NIGHTか」


ユウトが首を傾げる。


「知ってるの?」


「夜に現れて、朝には消える連中だ。物も、人もな」


言葉を切った瞬間、ユウは自分が何を言ったのかを理解した。

“人も”。それは、この世界では比喩ではない。


二人は崩れたコンテナの影に身を潜め、最低限の手当てを済ませた。ユウトの擦り傷は浅い。問題は、目の奥に残る怯えだった。


「さっきの……白いやつら」


ユウトが、ぽつりと切り出す。


「GENESIS、だよね」


「ああ」


「……俺、連れていかれるべきだったのかな」


その問いは、幼い声でありながら、驚くほど現実を突いていた。ユウはすぐに答えなかった。答えを急げば、嘘になる気がしたからだ。


「連れていかれたら、生きるのは楽だったかもしれない」


ユウトが顔を上げる。


「でもな」


ユウは続けた。


「生きてるって言えるかは、別だ」


ユウトは黙り込んだ。

指先が、無意識に服の端を掴んでいる。


「ユウは……どうして、俺を守ったの?」


ユウは、崩れた天井の向こうを見上げた。そこには、もう空しかない。


「昔、俺も拾われた」


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「名前も知らない人だった。顔も、もう思い出せない。でも、その人は俺を“資産”とは呼ばなかった」


「……なんて?」


「『運が悪かったな』って言って、飯を分けてくれた。それだけだ」


「それだけ?」


「ああ。それだけで、十分だった」


沈黙が落ちる。

その静けさを破ったのは、遠くから響く低いエンジン音だった。規則正しく、重い。


ユウは即座に身を低くした。


「来る」


瓦礫の隙間から見えたのは、厚い装甲と簡素な紋章を備えた部隊だった。壁のように進む隊列。無駄のない動き。


「IRON HAVEN……」


要塞都市の兵士たちだ。

守ることに特化し、生き残るために生き方を選び続けてきた組織。


「見つかったらどうなる?」


「守られる。代わりに、檻に入る」


ユウトは何も言わなかった。

その沈黙が、答えだった。


ユウは理解していた。

この世界では、守られるという言葉は、所有されるという意味に限りなく近い。


二人が施設を離れようとしたとき、背後から声がした。


「動くな」


低く、乾いた声だった。

振り返ると、いつの間にか一人の男が立っている。夜の匂いを纏った視線。


「……NIGHT」


「正解だ。夜盗の回収屋」


男は軽く笑ったが、目は笑っていなかった。


「面白い噂が流れててな。GENESISから逃げた“資産”を連れたスカベンジャーがいるって」


ユウはユウトを庇うように一歩前に出た。


「賞金目当てか?」


「半分はな」


男は肩をすくめる。


「だが、もう半分は“選択”だ」


「選択?」


「GENESISに従うか、HAVENに守られるか。それとも——」


男の視線が、ユウトに向く。


「自分で決めるか」


その言葉で、ユウは悟った。

もう逃げ続けることはできない。どこかに属するか、明確に敵になるか。中立は、最も早く死ぬ。


ユウは、銃を構えなかった。

代わりに、はっきりと言った。


「俺は、GENESISの敵だ」


男の口元が、わずかに歪む。


「……いい顔だ。夜向きだぜ」


「仲間になる気はない」


「最初から期待しちゃいない」


男は一歩下がり、闇へと身を引いた。


「だが覚えとけ。敵になるってのは、名前がつくってことだ」


「名前?」


「拾われた未来を連れた男」


男はそれだけ言い残し、消えた。


静寂が戻る。

ユウトが、小さく息を吐いた。


「……もう戻れないね」


「ああ。でも、進める」


それが、ユウの選択だった。

逃げる者は、追われる。だが、敵になる者は——物語を動かす。


第四章、了。

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