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第十一章 残ったものの重さ

霧を抜けても、空気は澄まなかった。


TOXIC MIRAGEの境界を越えたはずなのに、肺の奥に重さが残る。

マスク越しの呼吸音が、やけに大きく聞こえた。


「……RAD値、下がりきらない」


ミオが端末を確認する。


「拡散してる。体内残留型ね」


「抜けるまで、時間がかかるな」


ユウは歩調を落とした。


RUINS RAIDは、静かに進む。

誰も文句は言わない。

だが、全員が分かっていた。


通過には、代償がある。


ユウトが、ふと立ち止まる。


「……ユウ」


「どうした」


「さっきから、音が遅れる」


「音?」


「俺が足を出すと、地面の音が……ワンテンポ遅れて返ってくる」


ミオが、すぐに割り込む。


「幻覚?」


「いや……幻聴に近い」


ユウは、即座に判断する。


「休憩だ。五分」


全員が足を止める。


瓦礫の影。

直射は避けられるが、安心できる場所ではない。


ミオが、ユウトの前にしゃがみ込む。


「瞳孔、微妙にズレてる」


「やばい?」


「今すぐ倒れるほどじゃない。でも……」


言葉を選ぶ。


「判断力が、少しずつ削られる」


ユウは、黙ってそれを聞いていた。


自分の身体にも、違和感がある。

疲労ではない。

判断の“重み”が、鈍る感覚。


正解と不正解の境目が、滲む。


(これが……管理されないRADか)


ナディアの言葉が、脳裏をよぎる。


——放置よりは、まし。


だが、管理を離れた今、毒はただ残る。


「ユウ」


ミオが、低い声で呼ぶ。


「このまま進むのは、危険よ」


「分かってる」


「でも、戻る?」


ユウは、首を振った。


「戻れば、また霧だ」


「なら、回り道——」


「時間がない」


ユウは、端末を示す。


「GENESISが動いてる」


三角のマーカーが、ゆっくりとこちらへ向かっていた。


「……回収か」


ユウトが、吐き捨てるように言う。


「来るわね」


ミオの声に、緊張が走る。


GENESISは、効率で動く。

RADを帯びた部隊は、**“処理対象”**に近い。


「戦える?」


ミオが聞く。


ユウトは、少し考えてから答えた。


「撃てる。でも……」


「でも?」


「俺の判断、信用しないでくれ」


ユウは、少しだけ笑った。


「俺もだ」


一瞬、沈黙。


それは、諦めではない。

共有だった。


「指揮を、分散する」


ユウは言った。


「俺が全て決めない」


「……それ、今言う?」


ミオが眉を上げる。


「今だからだ」


ユウは、全員を見る。


「RADは、俺の判断も侵す」


「だから、全員で選ぶ」


「危険な選択は、必ず二人以上の同意で行う」


ユウトが、息を吐いた。


「民主制かよ」


「暫定だ」


「悪くない」


ミオが言った。


「少なくとも、一人で間違えるよりは」


その時。


端末が、警告音を鳴らす。


接近。

熱源、複数。


「来た」


ユウトが立ち上がる。


「GENESIS部隊。数は……少数精鋭」


「回収班だな」


ミオが言う。


ユウは、深く息を吸う。


判断が、重い。

だが、止まれない。


「……交戦は避ける」


「避けられる?」


「避ける努力をする」


曖昧な命令。

だが、今はそれが精一杯だった。


RUINS RAIDは、瓦礫の陰に散開する。


その時、ユウの視界が、一瞬揺れた。


地面が、傾く。


違う。


自分の感覚が、傾いた。


(……危ない)


咄嗟に膝をつく。


「ユウ!」


ミオが駆け寄る。


「大丈夫」


そう言いながら、確信はなかった。


RADは、身体を壊す。

だが、本当に怖いのは——


思考を、少しずつ“楽な方”へ誘導することだ。


戦うか。

逃げるか。

切り捨てるか。


簡単な答えほど、魅力的になる。


「……気をつけろ」


ユウは、声を絞り出す。


「俺が、一番危ない」


ミオは、真剣な顔で頷いた。


「なら、支える」


ユウトも、銃を構える。


「拾われた指揮官を、ここで捨てるわけにはいかない」


ユウは、わずかに笑った。


まだ、終われない。


毒は残っている。

代償も、背負った。


それでも——

選び続ける限り、未来はまだ手の中にある。


瓦礫の向こうで、足音が止まった。


GENESIS回収班。

無駄のない動き。迷いのない配置。


「……来る」


ユウトが囁く。


スコープ越しに見える影は三つ。

数は少ないが、装備の質が違う。


「回収対象を確認中、ってところね」


ミオが低く言った。


ユウは、息を整える。

だが、呼吸は思ったより浅い。


(焦るな)


そう思った瞬間、逆に心拍が上がる。


RADの影響だ。

思考が、制御をすり抜ける。


「……ここで伏せてやり過ごす」


ユウは、そう口にした。


一瞬の静寂。


ミオが、ユウを見る。


「それ、最善?」


ユウは、答えかけて言葉を止めた。


自分の中で、“安全そうな選択”が妙に輝いて見える。

動かない。撃たない。関わらない。


楽だ。

そして——危険だ。


「……確認する」


ユウは、すぐに言い直した。


「伏せた場合、見つかる確率は?」


ユウトが即答する。


「高い。向こうは索敵に慣れてる」


「逃走ルートは?」


「塞がれてる。二分以内に包囲される」


ミオが続ける。


「つまり、伏せるのは“時間稼ぎ”にしかならない」


ユウは、深く息を吐いた。


(今の判断、RADに引っ張られたな)


自覚できたことに、少しだけ安堵する。


「……訂正」


ユウは、全員を見る。


「伏せるのは悪手だ」


「じゃあ?」


ミオが促す。


「誘導する」


「戦う?」


「正面じゃない」


ユウは、瓦礫の配置を指差す。


「ここを通れば、視界が切れる」


「毒霧の残留が、まだある」


ユウトが理解したように頷く。


「GENESISは、環境リスクを嫌う」


「そう」


ユウは続ける。


「撃たずに、追わせる」


「追ってきたところで——」


ミオが、にやりと笑う。


「霧の濃いエリアに引き込む」


「RADを嫌う連中には、効く」


ユウは、少しだけ肩の力を抜いた。


「全員、同意?」


ミオとユウトが、同時に頷く。


「異議なし」


「賛成」


決定。


それだけで、頭の重さが少し軽くなる。


「……行くぞ」


ユウは、瓦礫の陰から姿を見せた。


あえて。


一瞬の沈黙。

次の瞬間、GENESIS側が反応する。


「回収対象、発見!」


声が響く。


「逃走する!」


ユウは、わざとらしく背を向ける。


銃声が鳴る。


弾が、すぐ脇をかすめる。


「くそっ……!」


演技だ。

だが、身体は本気で緊張している。


RUINS RAIDは、事前に決めたルートへ走る。


視界が、再び歪む。

霧が、戻ってくる。


「入った!」


ミオが叫ぶ。


GENESIS回収班が、追ってくる。


だが、その動きが鈍る。


「RAD警告、上昇!」


「くっ……!」


向こうの声が、乱れる。


その瞬間。


「今だ」


ユウは、立ち止まる。


「撃つな」


ミオとユウトも、止まる。


GENESIS回収班が、距離を詰めてくる。

だが、完全に踏み込めない。


彼らは、回収のために来ている。

汚染されるためではない。


「対象、交戦しない……?」


戸惑いが、声に出る。


ユウは、一歩前に出た。


銃は下ろしたまま。


「ここから先は、管理区域外だ」


GENESISの隊長らしき影が、足を止める。


「回収命令だ」


「分かってる」


ユウは答える。


「だが、ここで戦えば——」


一拍。


「どっちも、無駄に汚れる」


沈黙。


霧が、静かに流れる。


GENESIS側が、通信を入れているのが分かる。


数秒後。


「……撤退する」


短く、そう告げられた。


影が、後退する。


RUINS RAIDは、動かない。


完全に距離が開いてから、ようやくミオが息を吐いた。


「……助かった」


ユウトが、肩を回す。


「正直、撃つと思った」


ユウは、膝に手をついた。


力が、抜ける。


「俺もだ」


ミオが、ユウの横に立つ。


「でも、間違えなかった」


ユウは、苦笑した。


「一人だったら……たぶん、違う判断をしてた」


「だから、分けたんでしょ」


「……ああ」


信頼は、完璧な判断から生まれるわけじゃない。

間違えそうな自分を、他人に見せることから始まる。


ユウは、それをようやく理解し始めていた。


「ユウ」


ユウトが、少し真面目な声で言う。


「さっきの、いい判断だった」


「俺たちを、ちゃんと使った」


ユウは、目を閉じて頷いた。


「……ありがとう」


毒は、まだ体に残っている。

不安も、消えていない。


それでも。


この部隊は、まだ進める。


拾われた未来は、

一人で背負うものじゃないと——

今なら、はっきり言える。

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