9
街を出て、まだ一刻も経っていなかった。
風が冷たい。
背後には、街の灯り。
前方には、闇しかない。
「……静かすぎます」
ミオが、俺の袖を掴む。
「追手は……?」
「来るなら、もう来てる」
その言葉が終わる前に――
空が、鳴った。
雷鳴ではない。
もっと低く、重い音。
「……っ!」
視界が、反転する。
次の瞬間、俺たちは地面に叩きつけられていた。
「が……っ!」
息が、抜ける。
身体が、言うことをきかない。
「――標的、捕捉」
声。
感情のない、宣告の声。
視界の端。
闇の中から、人影が歩み出てくる。
白を基調とした装束。
顔は、仮面で覆われている。
「……誰だ」
「神の代理人」
淡々と名乗る。
「修復執行官。
個体名――エル=カリオン」
ぞくり、と寒気が走る。
――観測者と、同じ匂いだ。
「対象は――」
仮面が、こちらを向く。
「世界修復対象・第一級」
ミオが、息を呑む。
「……修復……?」
「破壊された世界を、あるべき形に戻す」
エル=カリオンは、事務的に続ける。
「その過程で生じる
異常個体の排除を含む」
「……俺が、その“異常”か」
「肯定」
即答だった。
「あなたは、閾値を超えた。
存在自体が、世界の歪み」
足元の空気が、凍る。
「……ミオ、下がれ」
「……っ、いや……!」
彼女を背に庇う。
だが――
「無意味」
エル=カリオンが、指を鳴らす。
次の瞬間、
空間が折り畳まれた。
「――ぐっ……!」
身体が、内側から圧し潰される。
骨が鳴る。
血が、口に溢れる。
《断界強化――起動》
だが――
動かない。
「……拘束、完了」
視界が、暗くなる。
「……抵抗は、推奨されない」
その時。
「――あはっ」
狂った笑い声が、夜に響いた。
「早いねぇ。
さすが、神さまは仕事が丁寧」
闇の中から、
カナデが姿を現す。
「……魔族の介入は、想定外」
「でしょ?」
肩をすくめる。
「でもさ――
それ、世界のため?」
エル=カリオンは、答えない。
代わりに、
俺へと歩み寄る。
「排除を――」
「させないよ」
カナデが、一歩踏み出す。
「だって――」
彼女は、俺を見る。
「この人、
もう“面白い段階”に入った」
次の瞬間、
二人の間で――衝突が起きた。
衝撃波。
地面が、抉れる。
「……っ!」
その隙に、
圧が緩む。
《断界侵食――反応》
身体が、勝手に動いた。
空間を、殴る。
拘束が、砕けた。
「……異常進行、加速」
エル=カリオンの声に、
初めて“揺れ”が混じる。
「ミオ、走れ!」
叫ぶ。
カナデが、笑う。
「いいね。
逃げよう」
背後で、
世界が、崩れる音がした。
振り返らない。
振り返れば――
修復される。
夜の闇へ、
二人で、駆ける。
背後で、
エル=カリオンの声が響く。
「――逃走を確認」
「次回接触時、
完全修復を実行」
その宣告は、
夜に溶けた。
息を切らし、
立ち止まる。
「……追われる理由、分かりました……」
ミオが、震える声で言う。
「ああ」
頷く。
「……俺はもう」
言葉を、探す。
「……世界にとって、
邪魔なんだ」
カナデが、肩に手を置く。
「違うよ」
笑う。
「世界が、あなたに追いつけてないだけ」
その言葉が、
やけに、胸に残った。
空を見上げる。
星は、変わらず輝いている。
だが――
その下で、
世界は確かに、俺を殺しに来ていた。




