8
裂け目が閉じてから、街は静かだった。
あまりにも静かで――
誰も、俺に近づこうとしなかった。
「……人が、避けてます」
ミオが、小さく呟く。
広場の瓦礫は片付けられ、
怪我人は治療を受けている。
感謝の言葉も、歓声もない。
あるのは、
距離だけだった。
「……仕方ない」
自分の声が、妙に落ち着いて聞こえる。
――そうだ。
俺は、街を救った。
だが同時に、
“やりすぎた”存在になった。
「回収部隊より、通達がある」
兵の一人が、硬い声で告げる。
広場の中央。
簡易的に設けられた会議の場。
そこに立つのは――
リィナだった。
鎖は出していない。
だが、その姿勢は、戦闘時よりも緊張している。
「……結論を、述べます」
彼女は、周囲を見渡し、
一度だけ、俺を見る。
「あなたは――
街から出てください」
ざわり、と空気が揺れる。
「理由は?」
淡々と聞く。
リィナは、唇を噛み、
それでも言葉を選ばなかった。
「危険だからです」
「……裂け目は閉じた」
「ええ」
「もう、脅威はない」
「いいえ」
彼女は、はっきりと言った。
「あなたが、脅威です」
言葉が、胸に落ちる。
「……守った相手に、追い出されるのか」
「違います!」
思わず、リィナが声を荒げる。
「あなたを――
守れないからです」
静まり返る。
「今のあなたは、
適合者ではありません」
一歩、近づく。
「世界にとっての――
異常です」
ミオが、震える声で叫ぶ。
「でも……!
この人がいなかったら……!」
「分かっています」
リィナは、目を伏せる。
「だから――」
顔を上げる。
「粛清ではなく、追放です」
その言葉が、
すべてを物語っていた。
「街に留まれば、
いずれ正式な命令が下ります」
「……殺せ、と?」
「……はい」
沈黙。
「だから、今ここで決める」
リィナは、俺を真っ直ぐ見る。
「この街を、出てください」
「……護衛は?」
「つけません」
「監視は?」
「しません」
一瞬の、間。
「……生き延びろ、ということか」
リィナは、微かに頷いた。
「それが――
今の私にできる、限界です」
背後で、
拍手が鳴った。
「うわぁ。
人間って、やっぱり面白い」
瓦礫の影から、
カナデが現れる。
「助けられて、怖くなって、
追い出す」
肩をすくめる。
「合理的だね」
「……お前」
「安心して」
彼女は、俺の隣に立つ。
「今日は、戦わない」
耳元で、囁く。
「だって――
もう選ばれたでしょ」
「……何を」
「こっち側」
ぞくり、と背筋が冷える。
「……ミオ」
振り返る。
彼女は、必死に首を振っていた。
「行かないで……
ここに……」
「……一緒に、来るか」
その言葉に、
彼女の目が、揺れる。
「……でも……」
「無理は、しなくていい」
――本心だ。
彼女が、壊れる必要はない。
「……私は……」
ミオは、胸に手を当て、
深く息を吸う。
「……行きます」
その声は、震えていたが、
逃げてはいなかった。
「この人を……
一人には、できません」
リィナが、目を閉じる。
「……分かりました」
そして、低く告げる。
「あなたたちは――
追放対象です」
兵たちが、道を開く。
街の外へ続く門。
「……次に会う時は」
リィナが、最後に言う。
「……立場が、違います」
「……ああ」
答えは、短い。
門をくぐる。
街の喧騒が、背後で途切れる。
残ったのは――
風と、空と、
居場所を失った二人。
「……ねえ」
カナデが、楽しそうに笑う。
「これで、完全に
逃げ場なしだね」
――そうだ。
街は救った。
だが、世界からは追い出された。
それでも。
歩き出す足は、止まらない。
ここからが、本当の始まりだ。




