7
裂け目は、呼吸していた。
脈打つたび、空気が引き裂かれ、
街の音が――遠ざかる。
「……中心核が、露出している」
《断界視》が、勝手に焦点を結ぶ。
裂け目の縁、その奥。
世界の“綻び”そのものが、剥き出しになっていた。
「全隊、下がれ!」
リィナの声が響く。
鎖が広場を区切り、兵と市民を押し戻す。
「ここから先は、私が抑える!」
「抑える、だと?」
瓦礫の上で、カナデが笑う。
「それ、何分もつの?」
挑発に、リィナは答えない。
ただ、鎖を増やし、歯を食いしばる。
「……行くな」
背後で、ミオの声が震える。
「お願い……これ以上……」
振り返らない。
振り返れば、止まってしまう。
「……ミオ。目を閉じろ」
「え……?」
その瞬間、
世界が、静止した。
いや――
俺の“認識”だけが、加速した。
《断界強化――過剰起動》
《警告:不可逆領域》
胸の奥が、裂ける。
血が、逆流する感覚。
骨が、悲鳴を上げる。
「……っ、は……」
それでも、前へ。
一歩。
また一歩。
裂け目の“縁”に、拳を当てる。
「――やめろ!」
リィナの鎖が、俺を縛る。
「それ以上は……戻れなくなる!」
「……知ってる」
拳に、力を込める。
鎖が、きしむ。
「でも――」
視界の端で、
魔物が兵を弾き飛ばした。
泣き叫ぶ声。
倒れる影。
「……間に合わない」
だから。
「――俺が、やる」
鎖が、砕けた。
「……!」
リィナの目が、揺れる。
カナデが、歓喜の声を上げる。
「きた!
それだよ、それ!」
拳を――振り抜く。
ただ殴った、わけじゃない。
空間を。
法則を。
世界そのものを、叩いた。
裂け目が、悲鳴を上げる。
黒い光が、爆ぜ、
広場が白に塗り潰される。
――終わった。
そう、思った。
だが。
「……あ、は……」
立っていられない。
膝が、崩れる。
視界が、二重に割れる。
《断界侵食――進行》
《能力変質、確定》
身体の感覚が、薄い。
痛みも、重さも、
どこか――他人事だ。
「……成功、だね」
カナデが、すぐ隣に立っていた。
「裂け目、閉じたよ。
力ずくで」
「……代償は?」
彼女は、俺の胸に指を当てる。
「――ここ」
心臓が、
一拍、遅れて鳴った。
ぞくり、と寒気が走る。
「……時間感覚、鈍ってる。
感情も、少し」
笑う。
「おめでとう。
人間を、半分やめた」
「……っ!」
ミオが、駆け寄ってくる。
「だめ……!
お願い、戻って……!」
彼女の手が、
俺の頬に触れる。
――分からない。
温かい、はずなのに。
「……ミオ?」
声が、平坦だ。
彼女の瞳が、揺れる。
「……感じ、ないんですか……?」
答えられない。
代わりに――
別の視線が、重なった。
裂け目の跡。
空の“向こう側”。
フードの影が、
静かに頷く。
「……観測、更新」
冷たい声。
「閾値、突破。
これより――」
「世界修復対象に指定」
その言葉が、
脳に直接、刻まれた。
「……な、に……?」
リィナが、鎖を構える。
「……あなたは……」
彼女の声が、震える。
「もう……止めるだけでは、足りない……」
街は、救われた。
だが。
俺は、
戻れない場所に立っていた。
癒す者は、泣き。
止める者は、剣を抜き。
煽る者は、笑う。
そして――
見届ける者が、世界の向こうで、記録を続けている。
裂け目は閉じた。
代わりに、
俺の中に――新しい裂け目が、開いた。




