6
鐘の音が、街を裂いた。
それは警告でも、祈りでもない。
ただ――終わりの合図だった。
「……来た」
俺は、屋根の上から空を見上げる。
雲が、歪んでいる。
昨日は見えなかったはずの“ひび”が、はっきりと浮かび上がっていた。
裂け目だ。
しかも――大きい。
「ミオ、ここを離れる」
「え、でも……!」
答えるより早く、
空が――割れた。
黒い亀裂が音もなく広がり、
次の瞬間、重力が狂う。
街の中央、広場の真上。
瓦礫が浮き、
人々の悲鳴が遅れて響いた。
「魔物が……!」
裂け目の奥から、
黒い影が次々と落ちてくる。
数が、違う。
「……通常の発生じゃない」
《断界視》が、勝手に反応する。
裂け目の“縁”が、
誰かに弄られた形跡を示していた。
――意図的だ。
「全隊、配置につけ!」
聞き覚えのある声。
広場の反対側、
回収部隊が展開していた。
先頭に立つのは――リィナ。
「一般市民を下がらせろ!
適合者は前へ!」
兵たちが動く。
街の“日常”が、
一瞬で“戦場”に塗り替えられていく。
「……行くな」
ミオが、俺の腕を掴む。
「行けば……また、壊れます……!」
「……分かってる」
だが。
広場の中央で、
魔物が兵を吹き飛ばした。
悲鳴。
血。
倒れる人影。
――止まれない。
「……ミオ、隠れてろ」
「……!」
振り切る。
屋根から飛び降り、
地面を蹴る。
《断界強化――起動》
世界が、再び重くなる。
一体、殴り飛ばす。
二体、蹴散らす。
だが――
「無茶をするな!」
リィナの鎖が、俺の進路を塞ぐ。
「あなたが前に出れば、
被害は広がる!」
「……じゃあ、どうする」
「役割を守れ!」
彼女の声は、必死だった。
その瞬間。
――笑い声が、空から降ってきた。
「やっぱり、来たね」
瓦礫の上に、
カナデが立っている。
裂け目を背に、
楽しそうに。
「街。人。混乱。
最高の舞台だよ」
「……お前が、やったのか」
「さあ?」
肩をすくめる。
「でも、裂け目ってさ。
呼ばれるんだよ」
彼女の視線が、
俺に突き刺さる。
「壊れかけの“あなた”に」
空気が、凍る。
「下がれ、魔族!」
リィナの鎖が、
カナデへ伸びる。
「――遅い」
一瞬で躱され、
逆に、衝撃波。
鎖が、弾かれる。
「リィナ!」
俺が叫ぶ。
「……問題ない!」
彼女は立ち上がる。
だが、その目は――
俺だけを見ていた。
「あなたは……
どこに立つんですか」
人類か。
魔族か。
それとも――
裂け目の奥が、
さらに深く、歪む。
《警告》
《世界干渉レベル、上昇》
知らない声が、
頭の奥で囁いた。
「……?」
その瞬間、
裂け目の縁に――誰かが立っているのが見えた。
フードを被った、細身の影。
顔は、見えない。
だが――
確かに、こちらを見ていた。
「……観測、完了」
誰にも聞こえないはずの声が、
確かに届く。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
「……カナデ」
俺は、歯を食いしばる。
「この戦い――
長引かせるな」
「ふふ」
彼女は、楽しそうに笑った。
「いいよ。
でも――」
裂け目が、さらに開く。
「“選ばれる”のは、
あなた自身だから」
三方向から、
圧が迫る。
人類の鎖。
魔族の狂気。
そして――
名も知らぬ“観測者”の視線。
壊れかけの世界は、
俺に問いを突きつけていた。
――どこまで、壊れる?




