表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

5

街に入るのは、思っていた以上に簡単だった。


それが、逆に不気味だった。


「……本当に、いいんでしょうか」


フードを深く被ったミオが、小声で言う。


「回収部隊が、街にいるんですよね……?」


「ああ。

 だからこそ、だ」


俺たちは今、街の裏口――

商人や労働者が使う脇門から入っている。


人の流れに紛れれば、

目立たない。


「正面は警戒が厚い。

 でも、裏は――」


「“もう回収した”と思ってる、ですね……」


ミオは、察しがいい。


街の中は、平穏だった。


市場では人々が笑い、

屋台の香りが漂っている。


――裂け目が開く世界とは思えないほど、普通だ。


「……こうしてると、忘れそうになりますね」


「何を?」


「……壊れてる、ってこと」


その言葉に、胸の奥が小さく軋む。


俺は壊れていく側だ。

それを、忘れてはいけない。


「……ミオ、今日は宿を探そう。

 長居はしない」


「はい……」


その時だった。


ぞわり、と。


背中に、冷たい視線が突き刺さる。


「――止まりなさい」


聞き覚えのある声。


人混みの向こう、

黒い外套の女が立っていた。


リィナ。


回収部隊・拘束執行官。


「……気づいてたのか」


「ええ」


彼女は、周囲を一瞥し、

兵がいないことを確認する。


「ここでは、騒ぎは起こしません」


「……俺を捕まえに来た?」


リィナは、答えなかった。


代わりに、一歩近づく。


「あなた、さらに“揺れている”」


「……戦ったからな」


「ええ。

 しかも、相当危険な相手と」


彼女の視線が、

一瞬だけ――ミオを見る。


「……癒し手を連れているのに」


ミオが、びくりと肩を震わせる。


「その人を、危険に晒すつもりですか」


「……俺が選んだ」


「違う」


リィナの声が、少し強くなる。


「選ばされた。

 あなたは、自覚していないだけ」


一瞬、言葉に詰まる。


図星だった。


「……だから、止める必要がある」


リィナは、静かに言った。


「今なら、まだ戻れます」


「戻って……どうする」


「戦わない」


「裂け目は?」


「……他の者が」


「間に合わなかったら?」


また、沈黙。


彼女は、目を伏せた。


「……その時は」


拳を、強く握りしめる。


「それでも、あなたを止めます」


「……ミオ」


振り返ると、

ミオは、必死に前に出ようとしていた。


「……この人は……!」


「下がって」


リィナの声は、冷たい。


「あなたは、優しすぎる。

 だから、壊れる人間を助けてしまう」


「……っ」


「でも、それは――」


リィナは、一瞬だけ言葉を探し、


「――世界を壊す行為です」


その場の空気が、凍りつく。


「……言い過ぎだ」


思わず、前に出る。


「ミオは、俺を――」


「生かしています」


リィナが、即答する。


「ですが、

 生かすことと、止めることは違う」


視線が、真正面からぶつかる。


「私は、あなたを嫌っていません」


「……」


「むしろ――」


一瞬、声が揺れた。


「……守りたい」


その言葉は、

誰にも聞こえないほど、小さかった。


だが、確かに。


「だからこそ」


リィナは、一歩下がる。


「今回は、見逃します」


ミオが、驚いて息を呑む。


「ですが――」


指先に、淡い光が宿る。


「次に会う時は、

 あなたを拘束します」


「……覚悟は?」


「ええ」


リィナは、静かに頷いた。


「あなたも、私も」


そう言って、

彼女は人混みに紛れて消えた。


残されたのは、

重たい沈黙。


「……あの人……」


ミオが、震える声で言う。


「……優しい、ですね」


「……ああ」


止める女。

それは、壊させない覚悟を持つ者。


そして同時に――

最も、心を削る役割。


街の喧騒が、再び耳に戻る。


だが俺は、はっきりと理解していた。


この街に、

もう“安全な場所”はない。


そして――

彼女は、必ずまた現れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ