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森に入ってから、ずっと視線を感じていた。
獣でも、人でもない。
もっと――愉しむ者の視線だ。
「……ミオ、止まって」
「え……?」
その瞬間、
空気が――裂けた。
爆音。
地面が抉れ、土砂が舞う。
俺は反射的にミオを抱き寄せ、後方へ跳んだ。
「っ……!」
さっきまで俺たちがいた場所に、
巨大なクレーターができている。
「――いい反応」
軽い声。
瓦礫の上に、女が立っていた。
赤に近い深紅の髪。
軽装だが、隙がない。
何より――その目。
獲物を前にした、捕食者の目。
「逃げてた割に、ちゃんと“揺れてる”じゃない」
「……誰だ」
「名乗る前に、まず一つ」
女は、楽しそうに首を傾げた。
「――あなた、どこまで壊れる?」
次の瞬間、
彼女は消えた。
いや、違う。
速すぎて、視界が追いつかなかった。
背中に、衝撃。
「がっ……!」
地面を転がり、止まる。
「っ……!」
すぐに立ち上がろうとして、
足が言うことを聞かない。
「雑魚じゃない。
でも、まだ“本気じゃない”」
女は、俺の正面に立っていた。
「――私はカナデ。
魔族でも、人類でもない」
そう言って、胸に手を当てる。
「戦場が好きなだけの女」
「……ミオ、下がれ!」
叫ぶが、遅い。
カナデの視線が、ミオに向く。
「癒し手?
……ふぅん。いい“枷”だね」
一瞬。
殺気が、爆発した。
俺の中の何かが、弾ける。
《断界強化――起動》
世界が、再び歪む。
「……来た」
カナデが、笑った。
「それだよ。
その顔、その揺れ、その――壊れ方」
次の瞬間、
俺と彼女は同時に踏み込んでいた。
拳と拳がぶつかる。
衝撃波。
木々がへし折れ、地面が砕ける。
「――ははっ!」
カナデが、楽しそうに笑う。
「いいね!
ちゃんと“世界を殴ってる”!」
「黙れ……!」
連打。
だが、カナデは紙一重で躱し、
逆に、俺の死角へ。
「ほら、もっと!」
腹に、重い一撃。
息が、詰まる。
「っ……!」
だが――
見える。
攻撃の“癖”。
踏み込みの“間”。
《断界視――起動》
世界が、線と点に分解される。
「……そこだ」
拳を、空間ごと殴る。
カナデの身体が、吹き飛んだ。
「……っ!」
木に叩きつけられ、止まる。
一瞬の静寂。
――勝った?
そう思った瞬間。
「……最高」
瓦礫の中から、
カナデが立ち上がった。
血を流しながら、
恍惚とした表情で。
「ねえ、あなた――」
一歩、近づいてくる。
「もっと壊れようよ」
ぞくり、と背筋が震える。
「その先、
見せてくれるなら――私は、味方になる」
「……何を、言って……」
「簡単」
カナデは、ミオを見る。
「彼女を守りたい?」
「……当たり前だ」
「じゃあ、戦おう」
彼女は、両手を広げた。
「世界が壊れるまで。
あなたが壊れるまで」
狂っている。
だが――
否定しきれない衝動が、胸を叩く。
「……ミオ」
振り返ると、
ミオは必死に首を振っていた。
「だめ……!
そんな人、信じちゃ……」
カナデが、肩をすくめる。
「選びなよ」
戦場か。
日常か。
俺は――
答えを、保留した。
「……今は、退く」
「へぇ」
カナデは、少しだけ残念そうに笑った。
「いいよ。
でも――」
指を鳴らす。
「次に会う時は、
絶対に“その先”を見せてもらう」
そう言って、
彼女は戦場の気配ごと消えた。
森に、静寂が戻る。
ミオが、震える声で言う。
「……あの人……危険です……」
「……ああ」
危険だ。
だが同時に――
俺の中の“何か”を、
確実に目覚めさせた存在だった。
癒す者。
止める者。
そして――壊させる者。
残る一人は、
まだ、姿を見せない。




