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報告は、珍しく詳細だった。
件名:街道沿い集落・夜間事象
事象:裂け目発生(部分)
被害:死者三名、負傷者多数
修復対応:完了
備考:発生前兆あり/未然消去失敗の可能性
「……失敗、ですか」
リィナは、最後の一行を見つめた。
“未発生”ではない。
“不要”でもない。
――失敗。
これまでの報告には、
ほとんど見られなかった言葉だ。
「……珍しいですね」
部下が、慎重に言う。
「前兆は観測されていましたが、
対応が間に合わなかったと……」
「……執行官は?」
「通常対応です。
問題はありません」
問題があるのは、
そこではない。
リィナは、報告書を閉じる。
「……場所は?」
「街道沿いの小集落です」
その名を聞いた瞬間、
胸の奥が、微かに鳴った。
――彼が動きそうな場所。
「……未然消去が、
できなかった……」
それは、
“いなかった”という意味ではない。
**“間に合わなかった”**という意味だ。
「……つまり」
小さく、呟く。
「……彼は……
全部は、救えない場所に来ている」
⸻
現地写真が、添付されていた。
半壊した家屋。
血の跡。
毛布に包まれた遺体。
「……」
剣を握る手に、
力が入る。
――この光景は、
彼が最も嫌うものだ。
「……これを見て、
黙っていられる人ではない」
部下が、戸惑いながら言う。
「……何か?」
「いえ」
首を振る。
「……独り言です」
⸻
報告書の末尾。
小さな追記が、あった。
備考:
発生直前、
周辺空間に“違和感”あり
具体的な修復痕跡は確認されず
「……違和感……」
指で、文字をなぞる。
殴られていない。
斬られていない。
触れられたような空気。
「……来ていた……」
確信が、
胸に落ちる。
「……それでも……」
目を閉じる。
「……間に合わなかった……」
それは、
彼の“敗北”だ。
そして同時に――
人間である証明。
「……止めるべき、
だったのでしょうか……」
誰に向けるでもなく、
問いが零れる。
――世界の外にいる彼を、
再び引き戻すべきか。
――それとも、
このまま任せるべきか。
「……彼は……」
視線を上げる。
「……剣を向ける相手では、
なくなった」
だが――
放っておいていい存在でもない。
⸻
その夜、
リィナは私用ログを開いた。
件名:未発生事象・補足(非公開)
追記:
世界外干渉体は、
完璧ではない
救えなかった事象が存在する
→ それは、
“止める役目”が
完全に不要になったことを
意味しない
指が、止まる。
「……私は……」
画面に、
最後の一文を打ち込む。
※次に彼が“失敗”する時、
私は――
剣ではなく、
手を差し出すべきかもしれない
端末を閉じ、
深く息を吐く。
止める者は、
剣を振るうだけの存在ではない。
“間に合わなかった後”に、
どう向き合うかを考える者でもある。
報告書は、
一つの失敗を伝えただけだった。
だがそれは――
彼女の中で、
新しい役割の芽を
確かに生んでいた。




