24
違和感は、遅れてやってきた。
「……おかしい」
世界の縁。
俺は、裂け目の“芽”に指をかけたまま、動きを止めていた。
「何が?」
隣で、カナデが首を傾げる。
「……薄い」
《断界侵食――最小》
いつもなら、
引き抜けば終わる。
だが今回は――
手応えが、二つあった。
「……芽が、重なってる……?」
観測者の声が、
一拍遅れて届く。
「――警告。
裂け目構造、複合型」
「……は?」
カナデが、舌打ちする。
「二重構造か。
珍しいね」
「……時間は」
「……残り、十五秒」
短すぎる。
「……選択だね」
カナデが、
軽い声で言う。
「どっちを先に取る?」
「……両方だ」
即答した。
「……欲張り」
だが、
否定はしない。
俺は、
二つの“芽”に同時に触れた。
――瞬間。
世界が、軋んだ。
「……っ!」
輪郭が、
一気に削れる。
《存在位相、急低下》
「――離して!」
カナデが、
俺の肩を掴む。
「それ、
やりすぎ!」
「……まだ……!」
引き抜く。
一つ目。
成功。
だが――
二つ目が、暴れた。
「……しまっ……」
裂け目が、
部分的に開く。
完全ではない。
だが――
遅すぎた。
⸻
世界の内側。
遠くで、
悲鳴が上がる。
映像のように、
それが“見えてしまう”。
街道沿いの小さな村。
夜警が、吹き飛ばされる。
「……被害……」
観測者の声が、
低くなる。
「……発生、確認」
胸の奥が、
冷たく沈む。
「……初めて、だな」
カナデが、
苦い顔をした。
「……開かせた……」
俺は、
拳を握る。
「……間に合わなかった」
裂け目は、
すぐに閉じた。
だが――
“何も起きなかった”ことには、ならない。
「……行く」
「どこへ?」
「……内側だ」
「……バレるよ」
「……それでも」
選択は、
もう終わっている。
《断界侵食――強制》
身体を、
世界に“引っかける”。
「……無茶だって」
カナデは、
それでも隣に立った。
「……一人で、
背負わせない」
⸻
村は、
静まり返っていた。
家屋が、
半壊している。
血の匂い。
「……遅かった……」
生存者は、いる。
だが――
全員ではない。
倒れた夜警。
泣き叫ぶ子供。
「……世界外仕事の、
“限界”だね」
カナデが、
低く言う。
「……未然消去が前提。
発生後は――」
「……英雄の仕事になる」
それが、
一番やってはいけない役割だ。
俺は、
動けなかった。
「……俺が……」
「……違う」
カナデが、
即座に否定する。
「世界が、
複雑になってる」
それでも。
胸の奥で、
初めての後悔が、
はっきりと形を持った。
「……全部は、
救えない……」
その言葉が、
重い。
観測者の声が、
静かに告げる。
「――失敗記録、追加」
「……消せないのか」
「消しません」
即答だった。
「これは――
あなたが、人間である証拠」
救いにならない。
だが、
否定もできない。
⸻
世界の縁へ戻る。
夜は、
まだ深い。
「……初失敗、
どうする?」
カナデが、
軽く聞く。
「……次は」
答えは、
一つしかない。
「……欲張らない」
「……成長だね」
小さく、笑う。
「でも――」
視線を、
世界の内側へ。
「……忘れない」
あの村を。
あの悲鳴を。
世界外仕事は、
万能じゃない。
救えない夜も、ある。
それを知ったことが、
この仕事の――
本当の始まりだった。




