表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

23

違和感は、いつも小さかった。


だからこそ、

リィナはそれを見逃さなかった。


「……未発生、三件目」


机に並べられた報告書。

北方廃都跡。

街道沿いの森。

そして――今回の、峡谷入口。


どれも共通点がある。


裂け目の前兆は観測された。

修復執行官は派遣された。

だが――発生しなかった。


「……修復不要……」


指で文字をなぞる。


修復が“不要”だったのではない。

修復する前に、消えている。


「……修復の仕事じゃない」


リィナは、深く息を吸った。


修復執行官として、

彼女は何百もの裂け目を見てきた。


崩れ方。

残り方。

“元に戻る”時の癖。


――どれとも、違う。


「……外されている」


誰かが、

世界の“裏側”から、

そっと引き抜いている。


剣を使わず。

力を誇示せず。

壊さずに、無くす。


「……そんなことができる存在……」


脳裏に浮かぶのは、

一人しかいない。


否定しようとする。

それは、職務違反だ。


――粛清は、完了している。

――世界は、彼の死を記録した。


「……記録、か……」


リィナは、立ち上がった。



峡谷入口。


風が強い。

裂け目の“気配”は、ない。


それでも彼女は、

剣を抜かずに、目を閉じた。


修復執行官としての感覚を、

あえて、使わない。


代わりに――

一人の人間として、

“そこにいたはずのもの”を探す。


「……ここ……」


足元の空気が、

ほんの僅かに、軽い。


「……触られた……」


殴られた痕でも、

切断の跡でもない。


“持ち上げられた跡”。


「……間違いない……」


胸の奥が、

静かに鳴る。


違和感が、

一つの線に収束していく。

•未発生事象

•記録に残らない処理

•修復ではない介入

•そして――

剣を向ける必要のない距離感


「……あなたは……」


名前を、

声に出さずに呼ぶ。


「……生きている……」


それは、願いではない。

推測でもない。


結論だった。



「……だから、会わない……」


リィナは、剣の柄に触れる。


「……会えば、

 私は……」


止める側として、

剣を振るう。


それが、

彼の選ばなかった未来。


「……あなたは……

 それを、避けた……」


胸の奥に、

奇妙な温度が生まれる。


後悔ではない。

安堵でもない。


理解だ。


「……世界の外に出て……

 それでも、

 世界を守っている……」


剣を、鞘に納める。


「……皮肉ですね……」


小さく、笑う。


「……止めるべき存在が……

 止めなくていい場所にいる」


その瞬間、

彼女の中で、何かが変わった。


追うべき“異常”は、

もう、彼ではない。


「……私は……」


空を見上げる。


「……見なかったことには、

 しません……」


だが。


「……邪魔もしません……」


それは、

執行官としての判断ではない。


一人の人間としての選択だった。



拠点へ戻る途中、

リィナは一通の私用ログを閉じた。


件名:未発生事象・結論(非公開)


結論:

世界外干渉体は存在する

目的は、裂け目の未然消去

当該存在は――

私が執行した対象本人である可能性が高い


対応方針:

追跡を停止

公式記録には残さない


最後に、

一文を追加する。


※彼は、

もう“止める対象”ではない


端末を閉じ、

深く息を吐く。


「……生きなさい……」


誰にも聞こえない声で、

そう呟いた。


確信は、

音を立てずに訪れた。


だがそれは、

彼女の中で――

もう、消えない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ