2
目を覚ました時、空はもう裂けていなかった。
いや、正確には――
見えなくなっていただけ、らしい。
「無理に動かないでください。今は……落ち着いてますから」
柔らかな声に導かれ、視線を向ける。
簡易的な布の天幕。その下で、俺は寝かされていた。
隣に座っていたのは、あの少女だ。
「……ここは?」
「街道の外れです。裂け目が一時的に閉じたので……今なら、街まで行けます」
街。
その言葉に、胸の奥が少しだけ現実へ引き戻される。
「……名前、聞いてなかったな」
「……ミオ、です」
小さく名乗る。
その声音は、まだ少し震えていた。
「あなたは?」
「……覚えてない。多分、転生者だと思う」
そう言うと、ミオは一瞬だけ目を見開き、
すぐに困ったように笑った。
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「さっきの戦い方。普通の人じゃ、ありませんでした」
否定はできなかった。
思い返すだけで、拳の奥が疼く。
「この世界、どうなってる?」
ミオは少し言葉を選び、
それから、淡々と話し始めた。
「世界には……“裂け目”があります。
あれが開くと、魔物が出てきます」
「さっきの、あれか」
「はい。止められるのは、“適合者”だけ。
……あなたみたいな人です」
適合者。
どこかで聞いた言葉だ。
「じゃあ、みんな戦ってるのか?」
「……いいえ」
ミオは首を振った。
「多くの人は、逃げるだけです。
適合者は、国に集められます」
「集められる?」
「……徴用、です」
その一言で、察しがついた。
「拒否は?」
「できません。
拒否できた人は……私は、知りません」
空気が、重くなる。
「ミオは?」
「私は……癒し手です。
戦えません。だから、前線には行かされません」
それでも、彼女は俺の傷を癒した。
逃げもせず、魔物の死体の横で。
「……怖くなかったのか?」
問いかけると、ミオは少し俯いた。
「……怖かったです。
でも、あなた……壊れそうだったから」
壊れそう。
その言葉が、妙に胸に残る。
「強くなる人ほど、壊れていきます。
……だから、誰かが、支えないと」
その“誰か”が、
彼女なのだと、言外に伝わってきた。
「街に着いたら、どうする?」
「……分かりません。
でも、あなたは……隠した方がいい」
「隠す?」
「転生者だと分かれば、すぐに連れて行かれます」
ミオはそう言って、
俺に外套を差し出した。
「顔、見せないでください。
目立ちますから」
受け取りながら、ふと思う。
――なぜ、そこまでしてくれる?
その疑問を口にする前に、
遠くから、鈍い鐘の音が響いた。
ゴウン、ゴウン、と。
ミオの顔色が変わる。
「……街の警鐘です」
「魔物?」
「いえ……“回収部隊”」
その言葉に、嫌な予感が走る。
「適合者を、回収する部隊です」
俺を見るミオの目が、揺れた。
「……行きましょう。急いで」
その手が、俺の袖を掴む。
逃げるように歩き出しながら、
俺は空を見上げた。
雲の向こう。
見えなくなっただけの裂け目。
そして、近づいてくる――
この世界の“常識”。
戦う前から、
すでに逃げ場はなかった。




