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「――で?」


闇の縁、世界の外側。

足場も、空も、距離も曖昧な場所で、

カナデは楽しそうに腕を組んだ。


「初仕事の気分は?」


「……最悪だな」


「最高じゃん」


即答だった。


「だってさ。

 世界に頼まれてない仕事だよ?」


視線の先。

世界の膜が、薄く震えている。


「裂け目の“前兆”」


観測者が、淡々と告げる。


「位置:北方廃都跡。

 時間:発生まで――三分」


「……短いな」


「短い方が、楽しい」


カナデが、舌なめずりする。


「今回のルール、確認しよっか」


人差し指を立てる。


「一。

 世界にバレない」


次に、中指。


「二。

 派手に壊さない」


最後に、親指。


「三。

 あなたは“死んでる”」


「……三つ目が、一番厄介だ」


「でしょ?」


笑う。


「でも、それが――

 世界外仕事の基本」


空間が、歪む。


廃都跡が、視界に浮かぶ。

崩れた塔。

凍り付いた広場。


「……来る」


《断界侵食――低出力》


身体が、

現実の縁に、引っかかる。


「いいね、その使い方」


カナデが、目を細める。


「“殴る”んじゃなくて、

 引き剥がす」


裂け目の“芽”が、

空間の裏側で蠢く。


「……人は?」


「いない」


観測者が、答える。


「だが――」


一拍。


「修復執行官が、向かっています」


「……は?」


思わず、声が出る。


「早くないか」


「世界は、

 “死体が動く可能性”を嫌います」


カナデが、肩をすくめる。


「要するに――」


にやり、と笑う。


「お迎えつき」


「……リィナ級か」


「それ以下」


彼女は、軽く言った。


「でも、真面目」


それが、一番厄介だ。


空気が、切り裂かれる。


白い光。

人影。


仮面の執行官が、

裂け目の前に降り立つ。


「――修復対象、確認」


「……時間切れだ」


「うん」


カナデが、

俺の背中を叩く。


「やってみな」


「……任せるのか」


「初仕事で、

 “隣に立ちすぎる”のは野暮」


裂け目が、

開きかける。


俺は、一歩踏み出す。


殴らない。

壊さない。


“掴む”。


世界の裏側に指を引っかけ、

裂け目の芽を、引き抜く。


「……っ」


視界が、揺れる。


《存在位相、ズレ》


痛みは、ない。

だが――

輪郭が、削れる感覚。


「……成功」


観測者が、告げる。


裂け目は、

開く前に消えた。


執行官が、反応する。


「……異常――

 未発生?」


首を傾げる。


「……記録、矛盾……」


次の瞬間。


カナデが、

背後に回っていた。


「――はい、終了」


軽い一撃。


殺さない。

壊さない。


“気絶”だけ。


執行官が、

崩れ落ちる。


「……いい連携だな」


「でしょ?」


彼女は、楽しそうに笑う。


「あなたが“世界を触って”、

 私が“人を触る”」


「……役割分担か」


「そ」


肩を並べる。


「これが、

 あなたの新しい戦場」


廃都跡が、

元の静寂に戻る。


世界は、

何も起きなかったことにする。


「……感想は?」


カナデが、訊く。


少し、考える。


「……悪くない」


「でしょ?」


「……だが」


視線を、遠くへ。


「……続ければ、

 戻れなくなる」


カナデは、

少しだけ真面目な顔で言った。


「もう、

 戻る場所はない」


そして、笑う。


「だから――

 進むしかない」


世界外仕事、初回。


成果――裂け目一つ、未然消去。

副作用――人間性、微量消耗。


「……次は?」


「すぐ」


彼女は、空を見る。


「世界は、思ったより忙しい」


俺は、頷いた。


これは、

英雄の仕事じゃない。


誰にも感謝されない、

裏側の仕事だ。


だが――

確かに、

守っているものがある。


それで、十分だった。


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