17
「――で?」
闇の縁、世界の外側。
足場も、空も、距離も曖昧な場所で、
カナデは楽しそうに腕を組んだ。
「初仕事の気分は?」
「……最悪だな」
「最高じゃん」
即答だった。
「だってさ。
世界に頼まれてない仕事だよ?」
視線の先。
世界の膜が、薄く震えている。
「裂け目の“前兆”」
観測者が、淡々と告げる。
「位置:北方廃都跡。
時間:発生まで――三分」
「……短いな」
「短い方が、楽しい」
カナデが、舌なめずりする。
「今回のルール、確認しよっか」
人差し指を立てる。
「一。
世界にバレない」
次に、中指。
「二。
派手に壊さない」
最後に、親指。
「三。
あなたは“死んでる”」
「……三つ目が、一番厄介だ」
「でしょ?」
笑う。
「でも、それが――
世界外仕事の基本」
空間が、歪む。
廃都跡が、視界に浮かぶ。
崩れた塔。
凍り付いた広場。
「……来る」
《断界侵食――低出力》
身体が、
現実の縁に、引っかかる。
「いいね、その使い方」
カナデが、目を細める。
「“殴る”んじゃなくて、
引き剥がす」
裂け目の“芽”が、
空間の裏側で蠢く。
「……人は?」
「いない」
観測者が、答える。
「だが――」
一拍。
「修復執行官が、向かっています」
「……は?」
思わず、声が出る。
「早くないか」
「世界は、
“死体が動く可能性”を嫌います」
カナデが、肩をすくめる。
「要するに――」
にやり、と笑う。
「お迎えつき」
「……リィナ級か」
「それ以下」
彼女は、軽く言った。
「でも、真面目」
それが、一番厄介だ。
空気が、切り裂かれる。
白い光。
人影。
仮面の執行官が、
裂け目の前に降り立つ。
「――修復対象、確認」
「……時間切れだ」
「うん」
カナデが、
俺の背中を叩く。
「やってみな」
「……任せるのか」
「初仕事で、
“隣に立ちすぎる”のは野暮」
裂け目が、
開きかける。
俺は、一歩踏み出す。
殴らない。
壊さない。
“掴む”。
世界の裏側に指を引っかけ、
裂け目の芽を、引き抜く。
「……っ」
視界が、揺れる。
《存在位相、ズレ》
痛みは、ない。
だが――
輪郭が、削れる感覚。
「……成功」
観測者が、告げる。
裂け目は、
開く前に消えた。
執行官が、反応する。
「……異常――
未発生?」
首を傾げる。
「……記録、矛盾……」
次の瞬間。
カナデが、
背後に回っていた。
「――はい、終了」
軽い一撃。
殺さない。
壊さない。
“気絶”だけ。
執行官が、
崩れ落ちる。
「……いい連携だな」
「でしょ?」
彼女は、楽しそうに笑う。
「あなたが“世界を触って”、
私が“人を触る”」
「……役割分担か」
「そ」
肩を並べる。
「これが、
あなたの新しい戦場」
廃都跡が、
元の静寂に戻る。
世界は、
何も起きなかったことにする。
「……感想は?」
カナデが、訊く。
少し、考える。
「……悪くない」
「でしょ?」
「……だが」
視線を、遠くへ。
「……続ければ、
戻れなくなる」
カナデは、
少しだけ真面目な顔で言った。
「もう、
戻る場所はない」
そして、笑う。
「だから――
進むしかない」
世界外仕事、初回。
成果――裂け目一つ、未然消去。
副作用――人間性、微量消耗。
「……次は?」
「すぐ」
彼女は、空を見る。
「世界は、思ったより忙しい」
俺は、頷いた。
これは、
英雄の仕事じゃない。
誰にも感謝されない、
裏側の仕事だ。
だが――
確かに、
守っているものがある。
それで、十分だった。




