15
――静かだ。
音が、ない。
痛みも、重さも、時間さえも。
「……」
目を開けた、と思った。
だが、まぶたを動かした感覚はない。
見えている。
それだけが、事実だった。
《観測結果》
《対象:死亡》
《世界記録:確定》
頭の奥に、
冷たい報告が流れる。
「……ああ」
声は、出なかった。
だが、理解はできた。
――俺は、死んだことになっている。
身体の輪郭が、曖昧だ。
手足の位置も、呼吸も、心拍も――
必要がない。
「……再起動、か」
誰に言うでもなく、
“思考”だけが走る。
次の瞬間。
《断界侵食――最終段階》
《存在位相、観測外へ移行》
世界が、一段階、遠のいた。
森も、空も、
あの戦場も――
ガラス越しのように見える。
「……なるほど」
感情が、
薄い。
悲しみも、怒りも、
かつてあった“温度”が、
数値のように処理されていく。
「……これが……
“世界から外れる”ってことか」
次に、
誰かの気配を感じた。
「――起動、確認」
声。
冷たく、静かで、
どこか――安心できる。
「……観測者」
フードの女が、
そこにいた。
いや――
“そこ”という概念自体が、
もう、曖昧だ。
「世界は、
あなたの死亡を記録しました」
「……成功、だな」
「はい」
短く、肯定。
「現在、あなたは――
世界の修復対象から除外されています」
「……追われない?」
「少なくとも、
“自動修復”は、来ません」
一拍。
「……代わりに」
視線が、重なる。
「世界に、戻る権利もありません」
「……だろうな」
不思議と、
抵抗はなかった。
「……リィナは?」
問うと、
観測者は、少しだけ言葉を選ぶ。
「執行完了として、
評価は――適正」
「……後悔は?」
「個人感情は、
評価対象外です」
――答えになっていない。
だが、
それでいい。
「……ミオは?」
「生存。
精神状態――不安定」
胸の奥で、
微弱な反応。
だが、
すぐに、平坦になる。
「……カナデは」
「非常に機嫌がいい」
「……だろうな」
観測者が、
一歩近づく。
「あなたは、
今――選べます」
「……何を」
「戻らない。
関わらない。
世界の外で、
静かに消える」
「……もう一つは」
「――新しい役割を引き受ける」
空間が、
僅かに、軋む。
「世界の外から、
裂け目を観測し、
壊れる前に、壊す存在」
「……世界の敵、か」
「世界の“保険”です」
少しだけ、
間があった。
「……代償は」
「人間性の回復は、
ほぼ不可能」
「……だろうな」
それでも。
脳裏に、
浮かぶ顔がある。
泣きながら、
それでも離れなかった少女。
剣を振るい、
最後まで向き合った女。
笑いながら、
最前線に立つ女。
「……俺は」
言葉を選ぶ必要は、
もうない。
「……戻らない」
観測者が、頷く。
「……選択、確認」
《存在定義、更新》
《分類:世界外干渉体》
次の瞬間。
重さが、戻った。
完全ではない。
だが――
“立てる”程度には。
「……再起動、完了」
観測者が、告げる。
「これよりあなたは、
世界に記録されない存在です」
「……名は?」
「不要です」
「……じゃあ」
一歩、踏み出す。
「……俺は、
俺のままでいい」
観測者は、
それ以上、何も言わなかった。
世界は、
俺の死を確定させた。
だが。
俺は、まだ終わっていない。
ここからは――
世界に守られない代わりに、
世界を選別する側だ。
再起動は、
静かに、確かに完了した。




