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――静かだ。


音が、ない。

痛みも、重さも、時間さえも。


「……」


目を開けた、と思った。

だが、まぶたを動かした感覚はない。


見えている。

それだけが、事実だった。


《観測結果》

《対象:死亡》

《世界記録:確定》


頭の奥に、

冷たい報告が流れる。


「……ああ」


声は、出なかった。

だが、理解はできた。


――俺は、死んだことになっている。


身体の輪郭が、曖昧だ。

手足の位置も、呼吸も、心拍も――


必要がない。


「……再起動、か」


誰に言うでもなく、

“思考”だけが走る。


次の瞬間。


《断界侵食――最終段階》

《存在位相、観測外へ移行》


世界が、一段階、遠のいた。


森も、空も、

あの戦場も――

ガラス越しのように見える。


「……なるほど」


感情が、

薄い。


悲しみも、怒りも、

かつてあった“温度”が、

数値のように処理されていく。


「……これが……

 “世界から外れる”ってことか」


次に、

誰かの気配を感じた。


「――起動、確認」


声。


冷たく、静かで、

どこか――安心できる。


「……観測者」


フードの女が、

そこにいた。


いや――

“そこ”という概念自体が、

もう、曖昧だ。


「世界は、

 あなたの死亡を記録しました」


「……成功、だな」


「はい」


短く、肯定。


「現在、あなたは――

 世界の修復対象から除外されています」


「……追われない?」


「少なくとも、

 “自動修復”は、来ません」


一拍。


「……代わりに」


視線が、重なる。


「世界に、戻る権利もありません」


「……だろうな」


不思議と、

抵抗はなかった。


「……リィナは?」


問うと、

観測者は、少しだけ言葉を選ぶ。


「執行完了として、

 評価は――適正」


「……後悔は?」


「個人感情は、

 評価対象外です」


――答えになっていない。


だが、

それでいい。


「……ミオは?」


「生存。

 精神状態――不安定」


胸の奥で、

微弱な反応。


だが、

すぐに、平坦になる。


「……カナデは」


「非常に機嫌がいい」


「……だろうな」


観測者が、

一歩近づく。


「あなたは、

 今――選べます」


「……何を」


「戻らない。

 関わらない。

 世界の外で、

 静かに消える」


「……もう一つは」


「――新しい役割を引き受ける」


空間が、

僅かに、軋む。


「世界の外から、

 裂け目を観測し、

 壊れる前に、壊す存在」


「……世界の敵、か」


「世界の“保険”です」


少しだけ、

間があった。


「……代償は」


「人間性の回復は、

 ほぼ不可能」


「……だろうな」


それでも。


脳裏に、

浮かぶ顔がある。


泣きながら、

それでも離れなかった少女。


剣を振るい、

最後まで向き合った女。


笑いながら、

最前線に立つ女。


「……俺は」


言葉を選ぶ必要は、

もうない。


「……戻らない」


観測者が、頷く。


「……選択、確認」


《存在定義、更新》

《分類:世界外干渉体》


次の瞬間。


重さが、戻った。


完全ではない。

だが――

“立てる”程度には。


「……再起動、完了」


観測者が、告げる。


「これよりあなたは、

 世界に記録されない存在です」


「……名は?」


「不要です」


「……じゃあ」


一歩、踏み出す。


「……俺は、

 俺のままでいい」


観測者は、

それ以上、何も言わなかった。


世界は、

俺の死を確定させた。


だが。


俺は、まだ終わっていない。


ここからは――

世界に守られない代わりに、

世界を選別する側だ。


再起動は、

静かに、確かに完了した。


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