13
七日目の朝は、静かだった。
空は澄み、風は穏やかで、
まるで――何も起こらない日のようだ。
「……来る」
ミオが、小さく言う。
俺も感じていた。
鎖の気配。
整えられた殺意。
森の境目、
一歩踏み出したところで――
彼女は、もう立っていた。
リィナ。
黒い外套は脱ぎ、
儀礼ではない鎧。
剣は、抜かれている。
「……時間通りですね」
声は、いつもと同じ。
冷静で、澄んでいる。
「……一人か」
「はい」
彼女は、頷く。
「私の役目ですから」
ミオが、息を詰める。
「……リィナさん……」
「下がってください」
即答だった。
「これ以上、
あなたが傷つく必要はありません」
「……っ」
ミオは、一歩下がる。
それが、彼女なりの――信頼だった。
「……準備は、できたか」
俺が問う。
「ええ」
リィナは、剣を構える。
「あなたを――
止めます」
「……殺す、じゃないのか」
一瞬、剣先が揺れる。
「……結果が、
同じになる可能性はあります」
正直だった。
「だが――」
一歩、踏み込む。
「私は、
あなたを止めるために剣を振る」
その言葉に、
胸の奥が、静かに熱くなる。
「……いい剣だな」
「あなたに、
そう言われるのは……」
微かに、笑う。
「……光栄です」
次の瞬間――
剣が、走った。
速い。
正確。
迷いがない。
だが――
見える。
《断界視》が、
剣の“行き先”を照らす。
拳で受ける。
衝撃。
地面が、砕ける。
「……っ!」
リィナが、距離を取る。
「……やはり、
この七日で……」
「……ああ」
息を整える。
「……俺は、
前より、遠くに来た」
「……それが、
止める理由です」
鎖が、空間に浮かぶ。
拘束。
だが、
完全ではない。
「……甘いな」
「承知しています」
鎖が、わざと緩む。
「……殺すためなら、
もっと締めます」
視線が、重なる。
「……逃げろ」
小さく、言った。
「……今なら、
私の失態にできる」
「……それは」
リィナは、剣を下げない。
「……あなたを、
生かすための逃げですか」
「……ああ」
「……私は」
一歩、近づく。
「……それを、
選べない」
剣が、再び走る。
今度は――
本気だ。
衝突。
火花。
拳と剣が、
何度も、何度も交わる。
「……なぜだ」
俺が、叫ぶ。
「……なぜ、
そこまでして止める!」
リィナが、答える。
「……あなたが……」
剣を、振る。
「……誰よりも、
優しいからです」
その一言が、
胸を貫く。
「……優しい人ほど、
壊れやすい」
「……だから」
剣が、
心臓の軌道をなぞる。
「……私が、
止める」
次の瞬間――
空気が、歪んだ。
焚き火の残光。
観測者の影。
《観測更新》
《死亡記録、準備》
「……っ」
リィナの動きが、
一瞬だけ、鈍る。
「……何を……」
その隙に、
俺は――距離を詰めた。
拳を、振り抜かない。
代わりに――
剣を、掴む。
「……!」
血が、流れる。
それでも、
離さない。
「……リィナ」
名前を呼ぶ。
「……止めるなら」
視線を合わせる。
「……生きたまま、止めてくれ」
「……っ」
彼女の瞳が、揺れる。
《観測確定》
世界が、
白に塗り潰された。
⸻
次の瞬間。
俺は――
倒れていた。
心臓は、動いていない。
だが――
痛みも、恐怖も、ない。
遠くで、
ミオの叫び声。
カナデの、舌打ち。
そして――
リィナの、震える声。
「……対象……
沈黙……」
剣が、落ちる音。
「……執行……完了……」
それは、
世界への報告だった。
だが――
世界が見ていたのは、
“死”。
彼女が見ていたのは――
まだ、温かい体。
「……ごめんなさい……」
涙が、
俺の頬に落ちた。
七日目。
止める剣は、
確かに――振り下ろされた。
だがその刃は、
命ではなく、世界を斬った。




