11
夜明け前、風が変わった。
湿った森の匂いの奥に、
鉄と油の気配が混じる。
「……来てる」
俺が呟くと、
ミオが、きゅっと外套を握った。
「……回収部隊……ですか……?」
「それより、重い」
答えた直後、
木々の間から――光が走った。
鎖だ。
空間を縫うように張られ、
逃げ道を封じる。
「――警戒態勢を解除してください」
聞き覚えのある声。
鎖の中心に、
リィナが立っていた。
装備は、以前よりも簡略だ。
だが、腰の剣――
あれは、儀礼用ではない。
「……一人、か」
「はい」
彼女は、頷いた。
「今回は……
私個人として来ています」
「個人?」
「ええ」
一瞬、視線を逸らす。
「……命令を、伝えるために」
空気が、張り詰める。
「回収部隊への――
正式通達が出ました」
その言葉だけで、
何が来るか分かる。
「対象個体――」
彼女の視線が、俺に戻る。
「世界修復対象・第一級
――粛清対象に指定」
ミオが、息を呑む。
「……っ、そんな……!」
「……やはり、か」
俺は、静かだった。
「……理由は?」
「複数あります」
リィナは、淡々と告げる。
「裂け目の強制閉鎖。
能力の不可逆変質。
神の代理人との交戦――生存」
一つ一つが、
死刑宣告だった。
「……執行期限は?」
「七日以内」
短い。
「執行官は?」
一拍。
「……私です」
その言葉が、
重く落ちた。
ミオが、前に出ようとする。
「……お願い……!
この人は……!」
「下がってください」
リィナの声は、震えていない。
だが――
指先が、白くなるほど握られている。
「……私情は、挟めません」
「……嘘だな」
そう言うと、
彼女の肩が、僅かに揺れた。
「挟んでる」
一歩、近づく。
「だから、
今ここに、一人で来た」
リィナは、目を閉じる。
「……本来なら、
今すぐ拘束し、
部隊を呼ぶべきです」
「……だが?」
「……それは、できません」
鎖が、消えた。
完全解除。
ミオが、驚いて息を吸う。
「……リィナさん……?」
「……猶予を、与えます」
彼女は、俺を見る。
「七日。
その間に――」
唇を噛み、
それでも言い切る。
「世界から、消えてください」
「……消える?」
「逃亡。
潜伏。
もしくは――」
言葉が、詰まる。
「……誰にも見つからない場所へ」
「……それで、お前は?」
「……七日後」
剣に、手をかける。
「……私は、
命令を執行します」
沈黙。
「……もし、逃げなかったら?」
「……その時は」
目を、逸らさない。
「私が――
あなたを、殺します」
その宣言に、
ミオが、泣き出しそうになる。
「……なんで……
そんな……」
「……役目だからです」
リィナは、そう言いながら――
一度だけ、視線を落とした。
「……私は、
止める役目を選びました」
「……だから」
顔を上げる。
「止められない存在は、
終わらせるしかない」
その言葉は、
自分自身へ向けられていた。
「……分かった」
俺は、短く答える。
「……七日だな」
「……はい」
リィナは、踵を返す。
「……次に会う時は」
振り返らずに言う。
「……敵です」
その背中が、
森に溶ける。
残された沈黙。
「……七日……」
ミオが、震える声で言う。
「……どう……しますか……?」
空を見上げる。
朝焼けが、滲んでいる。
「……決まってる」
拳を、握る。
「生き延びる」
それは、
彼女たち全員を――
巻き込む選択でもあった。
七日後。
止める女が、
剣を振るう。
その未来を、
俺は――
変えるつもりだった。




