10
夜が、終わらない。
森の奥、倒木の陰。
焚き火の火は弱く、風に揺れている。
「……じっと、して」
ミオの声は、掠れていた。
彼女は俺の前に膝をつき、
両手を胸の前で重ねる。
淡い光が、滲むように生まれ――
すぐに、消えた。
「……っ」
ミオが、息を詰める。
「……大丈夫か」
「だ、大丈夫……です……」
そう言いながら、
彼女の指先は震えている。
「……もう一度……」
再び光。
だが今度は、途中で途切れた。
「……っ、ごめんなさい……」
俯く。
「……前みたいに、
上手く……」
沈黙が、落ちる。
俺は自分の胸に手を当てる。
心臓の鼓動は、少し遅い。
それが、
もう“普通”になりつつある。
「……ミオ」
声をかけると、
彼女は、びくりと肩を跳ねさせた。
「……触らないでください」
その一言が、
胸に、突き刺さる。
「……ごめんなさい……!」
慌てて、首を振る。
「違うんです……!
嫌とかじゃ……!」
涙が、零れた。
「……怖いんです……」
小さな声。
「癒しても……
戻らないところが……増えて……」
彼女は、俺を見る。
「……前は……
ちゃんと、温度も……
心臓の音も……」
言葉が、続かない。
「……今は……
分からない」
その“分からない”が、
何より重かった。
「……無理、してたんだな」
そう言うと、
ミオは、唇を噛む。
「……だって……」
絞り出すように。
「私が、癒さなかったら……
誰が……」
「……ミオ」
手を伸ばす。
だが、途中で止めた。
――触れても、
感じられないかもしれない。
「……俺は」
言葉を、選ぶ。
「……もう、前と同じじゃない」
ミオが、強く首を振る。
「そんなこと……!」
「……でも」
視線を、逸らす。
「……戻れない」
その言葉に、
ミオの肩が、崩れた。
「……っ」
嗚咽。
「……私……
追いつけない……」
泣きながら、
それでも逃げない。
「……癒しが……
追いつかない……!」
彼女は、膝に手をつき、
必死に息を整える。
「……それでも……
離れたくない……」
胸が、締め付けられる。
――守りたい。
だが同時に、
壊している。
「……少し、休め」
「……嫌です……」
即答だった。
「休んだら……
置いていかれそうで……」
その言葉に、
何も返せない。
その時。
「……ねえ」
闇の向こうから、
軽い声がした。
「それ、限界でしょ」
カナデだ。
焚き火の光に照らされ、
いつもより、少しだけ真面目な顔。
「癒し手が壊れたら、
本末転倒だよ」
「……黙れ」
「事実でしょ?」
肩をすくめる。
「彼女、
あなたより先に壊れる」
ミオが、顔を上げる。
「……私は……!」
「強いね」
カナデは、素直に言った。
「でもさ――」
俺を見る。
「独りで抱える役じゃない」
「……何が言いたい」
「簡単」
笑う。
「誰か、
代わりに背負う存在が必要」
その言葉に、
嫌な予感が走る。
「……余計なことを……」
「余計?」
カナデは、首を傾げる。
「もうすぐ、
癒しが“効かなくなる段階”に入る」
心臓が、沈む。
「その時、
この子は――」
ミオを見る。
「選ばされる」
沈黙。
焚き火が、ぱちりと弾ける。
ミオが、ゆっくりと立ち上がる。
「……私……」
震えながら、
それでも、目を逸らさない。
「……逃げません……」
「……ミオ」
「……でも……」
一歩、後ろに下がる。
「……一人で、
全部は……無理です……」
その言葉は、
敗北宣言だった。
俺は、
初めて――
自分が、彼女を追い詰めていたことを、
はっきりと理解した。
癒しは、万能じゃない。
愛も、限界がある。
「……分かった」
短く、答える。
「……一人では、進まない」
ミオの目が、揺れる。
「……本当に……?」
「ああ」
それは、
最初の譲歩だった。
夜は、まだ深い。
だが、
一つの限界が、
確かに示された。




