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夜が、終わらない。


森の奥、倒木の陰。

焚き火の火は弱く、風に揺れている。


「……じっと、して」


ミオの声は、掠れていた。


彼女は俺の前に膝をつき、

両手を胸の前で重ねる。


淡い光が、滲むように生まれ――

すぐに、消えた。


「……っ」


ミオが、息を詰める。


「……大丈夫か」


「だ、大丈夫……です……」


そう言いながら、

彼女の指先は震えている。


「……もう一度……」


再び光。

だが今度は、途中で途切れた。


「……っ、ごめんなさい……」


俯く。


「……前みたいに、

 上手く……」


沈黙が、落ちる。


俺は自分の胸に手を当てる。

心臓の鼓動は、少し遅い。


それが、

もう“普通”になりつつある。


「……ミオ」


声をかけると、

彼女は、びくりと肩を跳ねさせた。


「……触らないでください」


その一言が、

胸に、突き刺さる。


「……ごめんなさい……!」


慌てて、首を振る。


「違うんです……!

 嫌とかじゃ……!」


涙が、零れた。


「……怖いんです……」


小さな声。


「癒しても……

 戻らないところが……増えて……」


彼女は、俺を見る。


「……前は……

 ちゃんと、温度も……

 心臓の音も……」


言葉が、続かない。


「……今は……

 分からない」


その“分からない”が、

何より重かった。


「……無理、してたんだな」


そう言うと、

ミオは、唇を噛む。


「……だって……」


絞り出すように。


「私が、癒さなかったら……

 誰が……」


「……ミオ」


手を伸ばす。

だが、途中で止めた。


――触れても、

感じられないかもしれない。


「……俺は」


言葉を、選ぶ。


「……もう、前と同じじゃない」


ミオが、強く首を振る。


「そんなこと……!」


「……でも」


視線を、逸らす。


「……戻れない」


その言葉に、

ミオの肩が、崩れた。


「……っ」


嗚咽。


「……私……

 追いつけない……」


泣きながら、

それでも逃げない。


「……癒しが……

 追いつかない……!」


彼女は、膝に手をつき、

必死に息を整える。


「……それでも……

 離れたくない……」


胸が、締め付けられる。


――守りたい。

だが同時に、

壊している。


「……少し、休め」


「……嫌です……」


即答だった。


「休んだら……

 置いていかれそうで……」


その言葉に、

何も返せない。


その時。


「……ねえ」


闇の向こうから、

軽い声がした。


「それ、限界でしょ」


カナデだ。


焚き火の光に照らされ、

いつもより、少しだけ真面目な顔。


「癒し手が壊れたら、

 本末転倒だよ」


「……黙れ」


「事実でしょ?」


肩をすくめる。


「彼女、

 あなたより先に壊れる」


ミオが、顔を上げる。


「……私は……!」


「強いね」


カナデは、素直に言った。


「でもさ――」


俺を見る。


「独りで抱える役じゃない」


「……何が言いたい」


「簡単」


笑う。


「誰か、

 代わりに背負う存在が必要」


その言葉に、

嫌な予感が走る。


「……余計なことを……」


「余計?」


カナデは、首を傾げる。


「もうすぐ、

 癒しが“効かなくなる段階”に入る」


心臓が、沈む。


「その時、

 この子は――」


ミオを見る。


「選ばされる」


沈黙。


焚き火が、ぱちりと弾ける。


ミオが、ゆっくりと立ち上がる。


「……私……」


震えながら、

それでも、目を逸らさない。


「……逃げません……」


「……ミオ」


「……でも……」


一歩、後ろに下がる。


「……一人で、

 全部は……無理です……」


その言葉は、

敗北宣言だった。


俺は、

初めて――

自分が、彼女を追い詰めていたことを、

はっきりと理解した。


癒しは、万能じゃない。


愛も、限界がある。


「……分かった」


短く、答える。


「……一人では、進まない」


ミオの目が、揺れる。


「……本当に……?」


「ああ」


それは、

最初の譲歩だった。


夜は、まだ深い。


だが、

一つの限界が、

確かに示された。


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