隣の芝生は青く見える人
「またな!」
そういった彼は翌日、死体として発見された。自殺だった
昨日、珍しく食事に誘ってくれた彼は僕の高校生時代の親友だ。
アメリカから日本に帰ってきたと聞き
僕はすぐさま待ち合わせ場所に当日予約可能なレストランと探していたが
彼は
「牛丼が食べたい」と言った
なので〈す@家〉に待ち合わせし、中に入り一緒にテーブルに座った
お待ちかねの牛丼が互いに着丼し、
牛丼を片手に話をした
すぐにアメリカでの仕事の話になったが
彼の話はグローバルすぎてついていけずに、
話の舵を強引に切って
「英語ができるっていいな」そう話した僕の返事に
「Of course」と返した
そんな彼の返しは仕事の話なんかよりもずっとわかりやすくて面白かった
その後は仕事ではなく、高校の時の話になり
とても話が弾んだ
こんなに楽しいのはいつぶりだろう
そう感じた
その日まで暗かった僕の心が”彼の明るさ”で晴れた
彼のような明るい人間がこの世にいなくなるとはとても信じがたい
彼が自殺なんてと思ってた
死ぬなんてと考えた、だが理解できるかもしれない
誰もが悩みを持っている、それは今悩みを持っている人の考え
誰もが英語を学びたいと思っている、それは今英語ができない人の考え
誰もが幸せになりたいと思っている、それは今不幸な人の考え
誰もが自由を求めている、それは今縛られている人の考え
誰もかれもがは固定概念に縛られ、他人の価値観を決めている
そんなことを考えるうちに一個の結論が出た
『隣の芝生は青く見える』と
そして彼が死んでから僕は
生きることを選んだ
「隣の芝生は青く見える人」
お互いに運命が決まるのは一瞬ですし
変わるのは今だけですので、考え方を変わるきっかけを探す方が生きていてて楽しいかもしれませんね




