第4話 殺戮騎士ブラックレギオン
「あれか」
カイルは前方を睨みつけた。
縦3~4メートル。横2メートルほどの空間の亀裂。100年前、幾度となく目撃した忌まわしき長方形。
ゲートだ。重々しく淀んだ空気を垂れ流すその穴からは、何十体ものモンスターがわらわらと湧き出ている。
継ぎ目ひとつ見えぬ漆黒の甲冑をまといし騎士。兜から小手、手にしている同色の長剣に至るまで、装備のすべてが騎士の体のパーツである。
黒殻の騎士――名をブラックレギオン。
かつて何度も屠ってきた殺戮人形だ。
「奴が出てきたとはいうことは、あのゲートの向こうにあいつがいるのか?」
ゲートから送り込まれてくるモンスターは、魔獣とは違い意志も感情も持たぬゴーレムのような存在。
おそらくは魔法で生み出された人工生物――というのがかつての仲間たちによる見解である。
その解釈を裏付けるかのように、眼前に湧いているブラックレギオン達は”術式として刻み込まれた単純な命令”を実行するかのごとく、自身の一番近くにいる受験者達へ襲い掛かっていく。
仮にも魔法騎士団に入ろうという若者達だ。この100年ゲートが出現していないとはいえ、犯罪者や魔獣との戦いを想定し、大なり小なり魔法の訓練は積んでいるのだろう。
未来の魔法騎士達は果敢にも火の玉や風の刃といった、低級とはいえ攻撃系の魔法で応戦している。
しかし、ブラックレギオンの装甲は強固だ。低級魔法騎士の攻撃をものともせず、進軍していく。見た目通り、彼らの外殻は鋼のように固いのだ。
100年前にも多くの新人騎士が彼らの手にかかった。
「ダメだ。逃げろ!」
「うわあああ! 俺達が勝てる相手じゃない!」
受験者達は敵わないと知るなり、踵を返しモンスターから距離をとろうとする。
ハプニングがあったとはいえ、試験会場なのだ。ここには試験監督である魔法騎士も存在している。いや、存在していた。どうやら彼は先に潰されたらしい。
ゲートのすぐそばに、魔法騎士団の隊服をまとった男がうつ伏せの形で倒れている。背中に見えるのは、斜めに走った剣の傷。
モンスターとの戦闘経験がないであろう若き騎士は、それでも未来の新人を守るべくモンスターに挑み、敗北したのだろう。
(ふざけやがって)
カイルは腰に下げていた長剣を引き抜いた。
ヴェルディア家の倉庫から勝手に頂戴したブツだ。名剣には程遠いが、そこそこ値が張る剣であることには違いない。
(また繰り返そうというのか)
カイルは長剣を右手に握りしめ、駆け出す。
100年前。幾度となく発生するゲートにより、罪のない者が沢山死んだ。勇敢な騎士も数多く失った。
カイルを同じ顔を持つ男。彼が抱くなんらかの目的のために、多くの民が犠牲になったのだ。
自分を殺せるほどの実力を求めるという、わけのわからない行為のために――。
(俺が必ず殺してやる。だから、これ以上罪のない者の命を散らせるわけには――)
「ひっ」
受験者の1人である少年が、逃げようとして石にでも躓いたのか、転倒する。
そこをブラックレギオンの1体が襲い掛かる。禍々しい漆黒の剣先が未来ある若者の頭上を砕こうかという瞬間、モンスターは真横に吹き飛んだ。
カイルの飛び蹴りだった。
「行け!」
少年はカイルの言葉に頷き、立ち上がるなり逃げていく。
「お前達の相手はこの俺だ」
カイルは手にした剣の切っ先を別のブラックレギオンに向ける。
「おいあいつ……魔力ゼロの落ちこぼれじゃないか?」
「何をしているんだ? あいつが勝てるような相手じゃないだろ」
後方から様子見をしているらしい少年たちの声が聞こえる。
何をしている。とっとと逃げろ――カイルはそう叫ぶべきか一瞬迷ったが、すぐ近くに例の少女の魔力を感じたので、攻撃を選択する。
かつての戦友の子孫らしい彼女なら、ブラックレギオンにもギリギリ対応できるだろう。少なくとも、あっさりと殺されたりはしないはず。
彼女からはカイルにはまったく及ばないものの、周囲の受験達よりかは遥かに優れた魔力を感じる。
(ならば迷うことはない)
カイルは駆けだした。
直進と同時に放つは横薙ぎの一閃。疑似的とはいえダンジョンなだけあり、空間内は濃い魔力で満ちている。
周囲の魔力を剣身に集め、薙ぎ払う。斬撃の軌道上にあったブラックレギオンの胴体が二分される。
後ろは振り返らない。直進あるのみ。敵に再生能力がないことは把握済みだ。
次の一歩で繰り出すのは、返す刃による斜め一閃。斬り上げた長剣が別の1体を両断する。
敵の意識がカイルに向く。多くのモンスターには共通の術式が刻み込まれているのだろう。
自身の脅威になる敵を感知した場合、標的を変更する――という術式だ。
3体のブラックレギオンがカイルを包囲し、3方向から迫りくる。
(殺戮人形共が――遅い!)
タイミングを合わせて突きだされた3つの刺突。カイルは体勢を低くし、その攻撃を頭上に追いやった。
そして同時に繰り出した回転斬りにより、まとめて上半身と下半身に永久の別れを告げさせる。
一か月間の鍛錬により、この程度の魔力操作には体が耐えられるようになっていた。
ブラックレギオンなど何十体いようとも、カイルの敵ではない。
「な、なんだあいつ」
「落ちこぼれじゃなかったのか」
ざわつく見物人達の声がカイルの耳に届く。
「だが、あいつからは確かに魔力が感じられない」
「じゃあ、あのモンスターは思っていたより強くなかったってことか?」
敵の強さもわからない阿呆どものことは無視。殺されそうになれば助けるが、そうでない限りは相手にしない。
カイルは雑音を意識の外に追いやる。
(次だ)
カイルはさらなる獲物を求め、身を躍らせた。
一閃。二閃。三閃。踊るように振るわれる剣身が次々とブラックレギオンの装甲を分断していく。
(ゲートからモンスターの流出は止まったようだな。どうやら本格的な侵攻ではなかったらしい)
親玉の目的は不明だが、ひとまずは安心。カイルは残るモンスターを順に斬り伏せていく。
敵の1体がカイルの脇を通過し、見物していた受験者を襲った。
カイルは眼前の2体を斬り捨てたのち、速やかに体を回転させ――頭上を舞うブラックレギオンの四肢を黙認した。
「氷魔法アイスウォール」
攻撃したのは例の少女だ。自身の足元から氷の柱を出現させ、モンスターの体を打ち上げたのだ。
柱は直撃と同時にその装甲の表面を凍らせていた。
「やるもんだな」
この状況下で、カイルを除き彼女だけが瞬時にモンスターに対応して見せた。
だが、倒しきるにはまだ足りない。カイルがモンスターにとどめを刺そうとした瞬間。
天より降り注ぎし七つの光剣がその胴体に突き刺さり、モンスターの外殻を粉々に砕いた。
「ほう……?」
攻撃が来た方向を見やる。
逃げた受験生たちの方角。そのずっと奥。強い魔力を感じる。どうやら事態に気づき、騎士たちが到着したらしい。
「俺の出番はここまで、だな」
ゲートの向こう側にいるヤツもこれ以上はやりあうつもりがないらしい。ゲートは光の欠片となって霧散し、その姿をくらませた。
まもなくして多数の騎士がその場に集まり、現場検証の後試験の再開を検討することとなった。
***
結論から述べると、試験は10日後。疑似ダンジョンの外で行われた。
10日もかかったのは、100年ぶりのゲート発生に関して騎士団本部でなんらかの会議が行われたからであろう。
異常事態ではある。だがゲートは消滅してしまい、次の侵攻もない。会議は頭打ちとなり、試験は再開された。
そんなところだろう、とカイルは考える。
受験者達は騎士団本部の中庭に集まり、10人ずつのチームにわかれて行う模擬戦闘試験を行うこととなった。
ルールは単純だ。腰に付けた風船をかばいながら、各チームに1つだけ与えられた”先のゲートと同等のサイズ”をもつクリスタルを壊し合う。
風船が割れた者は失格となる。クリスタルが破壊されると、チーム全員が失格となる。試合は総当たり戦で行われた。
カイルは例の少女と同じチームになった。向かってくる騎士達数人を蹴散らしつつ、少女による氷魔法の一撃により、相手チームのクリスタルが壊されるのを見送り続ける。
そのあとは面接。筆記試験。体力測定など、ぱっとしない試験が続いた。
受験者の中には疑似ダンジョン内で繰り広げられたカイルの活躍を目にした者もいたはずだが、体力測定の頃には多くの者が例の少女にのみ夢中になっていた。
彼女は体力試験でも好成績を叩きだしたのだ。誰もかれもが彼女に注目している、といっても過言ではない。
その近くで、カイルが握力検査機を握りつぶしたことには誰も気付かない。
一瞬、彼女と視線が重なった。
しかし、すぐにそらされる。
(俺のことを見ていたように思えたが……気のせいか?)
カイルは首をひねる。
そして、別方向からの視線に気づき、騎士団本部の建物へと視線を転じさせる。
窓の向こう。カイルに対して微笑む20代後半くらいの女性。白衣を羽織った彼女の姿には見覚えがある。
ヴェルディア家の図書館で読んだ本に、彼女によく似た人物の写真が載っていたのだ。
ぼさぼさの長い銀髪。両方の目の下にくっきりと浮かぶ不健康そうな濃いクマ。
高い魔力も感じられる。
間違いない。第4魔法騎士団の団長エリオナ・カーディアだ。
(第4魔法騎士団。俺がいた時代には存在しなかった、謎多き集団。書物には変人の巣窟とあったが――)
エリオナはどういうわけかカイルに対してひらひらと手を振り、かと思えば窓の外に引っ込んだ。
(ダンジョンと何か関わりが? いや、まさかな)