第72話 「多分色々」
場所を移して、セレスティア商会の応接室。
テーブルを囲むのは、俺、アイラ、フィリア、そしてティタニア。ラウラはティタニアの傍らに立っている。
「――それで、事情を聞かせてもらえるかしら?」
フィリアが穏やかな声で切り出す。
ティタニアは姿勢を正し、まっすぐにフィリアを見返す。
「事情といっても、大したことじゃないわ。帝都でちょっとした騒ぎがあってね。殺されそうになったから逃げてきたのよ」
「ちょっとって……」
ラウラが困った表情で呟く。
「ええ、そう。ちょっと。クーデターという名の、つまらない家族喧嘩よ」
ティタニアは平然と笑った。
「城の外に出るとき、ちょっとだけ危なかったんだけど、クロエに助けてもらえたっていうところね」
「クロエが?」
俺が思わず聞き返すと、ティタニアは微笑んだ。
「約束がどうのって言ってたけど、どういう事情で助けてくれたか、詳しくは知らないわ」
「……いかにもクロエらしい」
俺は、苦笑しながら答える。
「それで、ここに来たのはクロエのすすめか?」
「そういうこと。彼女からアルヴィオに預ければ安心だと言われたの。私、悪運だけは強いのよね。だから大丈夫かと思って」
ティタニアは、カップに手を伸ばした。
フィリアは、しばらくその様子を眺めていたが――やがて、柔らかく笑った。
「まあ、事情は理解しましたわ」
そして、わずかに身を乗り出す。
「ここにいるのは構いませんけれど――タダでは置きませんわよ」
「……働けということ?」
「ええ。その通りですわ。アルヴィオの役に立っていただきますわ」
ティタニアが目を瞬かせる。フィリアはさらりと続けた。
「あなたには、アイラの補助。取引魔法士として、アルヴィオと共に取引所で働いてもらいますわ」
「わたしが……取引所で?」
「ええ。あなたも、経済とお金についてアルヴィオから学んでおいた方がいいですもの。それにそちらの方が結果的に安全かもしれませんわ」
ティタニアはカップを置き、ゆっくりと頬杖をついた。
「取引所ね……悪くないわ。退屈しなさそう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アイラが慌てて手を上げた。
「フィリア様、この方、アズーリアの王女なんですよ!? そんな立場の人が取引所で働くなんて――!」
「バレなければ問題ありませんわ。そういう意味では、わたくしと同じでしょう?」
あっさり言い切るフィリアに、俺は頭を抱えた。
「仮にも敵国の王女だぞ? もし誰かに知られたら――」
「その点は心配いらないですわ。我に策ありですわ」
フィリアが手を叩くと、すぐに扉が開き、エルヴィナが入ってきた。
手には一本の小瓶。淡い紫色の液体がゆらゆらと光を反射している。
「お呼びでしょうか、フィリア様」
「ええ。それをティタニアに」
「……これは?」
ティタニアが首を傾げる。
フィリアがにこやかに答える。
「イオナの新作ですの。髪の色を一定期間変える魔法薬。これであなたの目立つ銀髪をどうにかできますわ」
「へえ……そんなものまで作ってるのね」
ティタニアが興味深そうに小瓶を手に取る。
瓶の中では液体がゆっくりと揺れ、まるで光を吸い込むように輝いていた。
そのタイミングで、廊下から元気な声が響いた。
「ちょっと待ってー!それ、試すなら僕にも見せてー!」
扉が勢いよく開く。青髪の獣人――イオナが現れた。
「……やっぱり来たわね、イオナ」
「僕が作ったのに、僕抜きで実験しようとするなんて酷いよ。フィリア」
イオナは駆け寄ると、ティタニアの目の前に立った。
「飲むだけで髪と瞳の色が変わるんだよ! 1ヶ月くらいは持続するはず。副作用は――たぶん、ない!」
「たぶんって……」
アイラが冷たい目を向ける。
「だ、大丈夫! たぶん!」
イオナは両手をぶんぶん振って弁解した。
ティタニアはそんな様子を見て、ふっと笑う。
「面白そうね。ぜひ試させてもらうわ」
「ひ、姫様!? 少しお待ちを――!」
ラウラが慌てて止めようとするが、ティタニアはすでに瓶の栓を抜いていた。
「まあまあ。こういうのは勢いよ」
ごくり、と飲み干す。
一瞬の静寂。
次の瞬間、淡い光がティタニアの髪を包み、銀から柔らかな桃色へと変わった。瞳の色も、琥珀のように輝きを帯びる。
「おおーっ、成功っ! すごい、僕の理論完璧だったね!」
イオナが歓声を上げる中、ティタニアは髪を一房取り、楽しげに眺めた。
「悪くないわね。この色、気に入ったわ」
フィリアが満足げに頷いた。
「これで誰にも気づかれませんわね。――あなたもセレスティア商会の一員ですわ」
「了解。お給料はちゃんと出るんでしょうね?」
「ええ、働き次第ですわ」
ティタニアは口角を上げて微笑み、ラウラが小さくため息をつく。
「姫様、また勝手を……」
「だって、せっかくの機会だもの。楽しまなきゃ損でしょう?」
フィリアがくすくすと笑い、アイラは呆れたように肩を落とす。
「よろしくね、アルヴィオ。あなたの世界――楽しませてもらうわ」
その言葉に、アイラが苦笑し、ラウラは小さく頭を下げた。




