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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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第70話 「たずねびと」

~憲章暦997年4月14日(火の日)~

 

 大量の在庫が、セレスティア商会の倉庫を埋めた翌日。


 取引を終えた俺とアイラは、受付で必要な手続きを終えて帰路につくところだった。


「今日も、いい取引ができましたね」


「まあな。でも、戦争の影響はいろんなところに出ている。調べることが多そうだ。明日も早いし、そろそろ帰るか」


 取引所の喧騒も落ち着き、静かな風が流れていた。


 そんなとき、背後から明るい声が響いた。


「アルヴィオ君っ、ちょっと待ってー!」


 金髪を高く結んだポニーテールが揺れる。振り向けば、ヴァース商会の取引魔法士――ティナが走り寄ってきていた。息を切らしながらも、いつもの笑顔は健在だ。


「ティナ、どうしたんだ?」


「はぁ、はぁ……レイラさんが呼んでるの。すぐにヴァース商会まで来てほしいって!」


「俺に?」


「そうそう! あとね、アイラちゃんも一緒に、って言われたの!」


 レイラが直々に呼ぶというのは、そう頻繁にあることじゃない。


「何かあったのか?」


「それがね~……ティナにも詳しくは教えてもらえなかったの。ちょっと空気がピリッとしてたかなぁ?」


 その言葉に、俺とアイラは視線を交わす。


 嫌な予感しかしない。


「わかった。今行く」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 ヴァース商会の建物に入ると、廊下にはすでに夜の静けさが満ちていた。


 応接室の前に立つティナが、俺たちに向かって小さく頷く。


「中でレイラさんが待ってるよ。あ、あとね――ちょっと、びっくりすると思うけど、驚かないでね?」


「……余計に不安になる言い方だな」


 軽口を返す間もなく、ティナが扉を開けた。


 応接室の中――


 レイラがテーブル越しに座っており、その隣には、見覚えのある女がいた。


 深緑の髪、赤い瞳と丸眼鏡のハイエルフ。


「……クロエ」


 俺の口から思わず声が漏れた。


「やっほー、アル。久しぶりー」


 軽やかな声。あいかわらず調子が抜けるほどの明るさだ。


 クロエの隣、もう一人――フードを深く被った女と、小柄な少女が座っている。少女は女の袖を握りしめて、じっとこちらを見ていた。


「……この状況、どういうことだ?」


「まあまあ、座って」


 クロエが指先でソファを叩く。レイラは苦笑しながらこちらに視線やる。


「突然呼び出して悪かった。少年」


 応接室の空気は妙に張り詰めていた。俺とアイラが腰を下ろすと、クロエがいつもの調子でパンと手を叩いた。


「さて、本題に入りましょう。アル、あなた――私に恩があるわよね?」


 恩、という単語に思わず眉が動いた。


「……まあ、恩がないとは言えないな」


「でしょ? じゃあ、その恩をちょーっとだけ返してもらおうかな!」


 嫌な予感しかしない。クロエがそんな前置きをする時は、だいたいロクな話じゃない。


 クロエが隣のフードの女を指差した。


「というわけで、この子を預かってほしいの」


「……は?」


 思考が一瞬止まる。


 隣のアイラも、ぽかんと口を開けていた。


「それって――」


「この子は、少し事情があってね。しばらく安全な場所にいてもらう必要があるの」


 さらりと言うクロエとは対照的に、レイラはこめかみを押さえていた。


「クロエはいつも唐突すぎるんだ。事情くらい少年にも話してやれ」


「説明したら長くなるし~、それに話すと色々とややこしいのよ」


 クロエは悪びれもせず笑った。


 フードの女は静かに立ち上がり、深く頭を下げた。


「……ご迷惑をおかけします。しばらくの間、お世話になります」


 その声は澄んでいて、芯があった。


 肩までの髪がフードの影からこぼれる。銀に近い淡い光を帯びた髪。


 顔を上げると、灰青の瞳が一瞬こちらを射抜いた。


「名前は?」


「……ティアナ、と名乗らせてください」


 どこか苦しげに、それでも凛とした声だった。


 その隣で、少女が心配そうに見上げている。


「この子は?」


「妹のラニアです」


 ティアナと名乗った女が、そっとラニアの肩を抱く。


 ラニアと紹介された少女は大人しく頷き、控えめな声で言った。


「……ひめ――っ!」


 言いかけて、慌てて口を押さえる。ティアナが小さく息を呑み、咳払いをする。


「……少し人目を避けたい事情があるのです」


「……なるほどな」


 クロエがパンと手を叩いた。


「そういうわけで、よろしくね! アル、あなたなら安心だし、アイラちゃんもいい子そうだし!」


「ちょ、ちょっと待てクロエ! 説明が足りない! 俺はまだ――」


「細かいことは後でいいでしょ? じゃ、レイラ、後は任せたわねー」


 椅子を引く音も軽快に、クロエは立ち上がった。


「クロエ、また勝手に……!」


 レイラが声を荒げるが、もう遅い。


 ハイエルフの背中は、軽やかに扉の向こうへ消えていった。


 残されたのは、ぽかんと口を開けた俺とアイラ、そして深いため息をつくレイラだけ。


「まったく……あいつはいつもこれだ」


 レイラが額を押さえながら、こちら見る。


「……少年、この者たちを預ける。問題ないか?」


「……まあ、この状況じゃ断れないだろう?」


 レイラが苦笑する。


「察しがいいな。そういうことだ」


 アイラは困ったよう表情を浮かべている。


「アルさん、また女の人……」


 思わずため息が漏れる。


 ティアナは静かに頭を下げた。その動作にはそこはかとない品の良さがあった。


「アルヴィオ・アディスだ。よろしく頼む」


 フードの奥で、灰青の瞳が一瞬だけ揺れる。


「……ありがとうございます。必ず、ご恩はお返しします」


 その声音には、覚悟のようなものが感じられた。

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