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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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Intermission 18 「クーデター追放王女の割とガチ目な脱出劇Ⅱ」

 クーデター発生日、夜のアズラフィアは、騒然としていた。


 宮殿では、轟音と悲鳴が響き、赤々と燃え上がる火柱が夜空を照らす。煙の向こうでは、雷鳴のような魔法の爆音がとどろいていた。


 その闇の中を、三つの影が駆け抜けていた。


 王族の装いを脱ぎ捨たティタニアは身軽だ。その背後を、従者のラウラが必死に追いかけ、さらにその後ろを、フードを深くかぶった女が無言で走る。


 通りのあちこちで、炎の明かりがちらつく。倒れた兵士、崩れ落ちた家屋。夜風に混じる焦げた匂いが鼻を突いた。


「こっちです、姫様!」


 ラウラが叫ぶ声をかき消すように、遠くで角笛が鳴り響く。追っ手の気配が近い。


 ティタニアは立ち止まり、振り返りざまに両手をかざした。


「氷よ舞え、アイスミスト」


 冷気と共に白い霧が通りを覆う。兵の視界が奪われ、怒号が混乱へと変わる。


 だが、霧が膨れすぎて辺りの瓦礫までも凍りつかせた。魔力の密度が高すぎる。制御を誤ったティタニアの頬を、凍てつく風がかすめた。


「焦らないことね」


 フードの女が小さく呟いた。


 指先を軽く振ると、暴走しかけた霧が嘘のように収束していく。冷気が整い、霧が再び静かな幕へと変わった。


 ティタニアは息を呑んだ。あの術式を、詠唱もなしに鎮めるなど――。


「……行くわよ」


 女が短く告げ、先頭に立った。その口調には、王族に対する遠慮も畏れもない。ただ、自然に導く者の声だった。


 三人は、曲がりくねった裏通りを抜け、人気のない厩舎に飛び込む。


 馬の鳴き声が響く。女が扉を閉めると、外の喧騒が一気に遠のいた。


「この馬、使わせてもらうわ」


「盗むんですか!?」


 ラウラが驚きの声を上げる。


「借りるだけよ」


 女は手際よく馬具を整え、馬に手を触れた。魔力の光が走り、馬が一瞬だけ目を細める。


 鎮静の魔法――緊張と恐怖を和らげる。


「これで言うことを聞くわ」


 ティタニアは黙ってうなずき、鞍へと手をかけた。


 だがその横で、ラウラは立ちすくんでいた。震える手で馬に触れ、顔を引きつらせている。


「ラウラ、早く!」


「ひ、姫様……わ、わたし……乗れません……!」


 情けない声だった。


 ラウラは貴族の出でも軍人でもない。宮廷で働いていたとはいえ、馬に乗る機会などほとんどなかったのだ。


 ティタニアが一瞬焦りを見せるより早く、女が近づいた。


「なら、私の後ろに乗りなさい」


「えっ、で、でも……!」


「選んでる暇はないわ」


 その声に、有無を言わせぬ力があった。ラウラは唇をかみ、恐る恐る頷く。


 女は軽やかに馬にまたがり、手を差し出した。


「ほら、腰をしっかり掴んで」


 ラウラはためらいがちにその手を取り、必死に背中にしがみつく。


「行くわよ」


「ええ――行きましょう」


 ティタニアが手綱を握る。厩舎の扉が開け放たれ、二頭の馬が夜の街道へ飛び出した。


 石畳を、蹄の音が響く。遠くで魔法弾の閃光が上がり、炎の粉が夜風に舞った。帝都の外壁を抜けたとき、ティタニアは思わず息をついた。背後で爆音が鳴り、空が赤黒く染まる。


 女は振り返らない。ただ、馬の脚を軽くするように小声で詠唱し、空気が流れを変えた。馬の体がふっと軽くなる。まるで風に抱かれているようだ。


 ティタニアはその技に目を見張る。ティタニアも魔法には多少の覚えがあった。だが、あれほど自然に魔力を流すことはできない。


 この女は一体――。


 やがて、帝都の灯が完全に遠ざかり、丘陵の向こうに静寂が戻った。風の音に混じって、遠くの野犬の遠吠えが響いた。


「少し休みましょう」


 ティタニアの声に、ラウラがほっとしたように頷く。三人は、街道脇の小川のそばで馬を降りた。


 ティタニアは焚き木を拾い集め、魔法で火を灯す。


 その光に、女がふと目を細めた。


「……魔法の扱い、悪くないわね」


「帝国の王女ですもの。最低限は、ね」


 ティタニアが少しだけ強がるように言うと、女は小さく微笑んだ。


「そう? 十分上手よ」


 ラウラが火のそばに座り込み、膝を抱える。


「姫様……本当に、逃げ切れるのでしょうか」


 その声には不安と疲労が滲んでいた。


 ティタニアは焚き火を見つめながら答える。


「逃げ切るしかないわ。ここで立ち止まれば、すぐに捕まる」


 沈黙が落ちた。夜風が草を揺らし、火の粉が舞う。


「それと」


 ラウラが意を決したように、フードの女を見た。


「あなた……一体、何者なんですか?」


 女は、しばし黙っていた。


 焚き火の光がその横顔を照らす。赤い瞳が炎を映して、ゆらりと揺れた。


「名を、聞いてもいいかしら?」


 ティタニアの声は落ち着いていたが、その奥には警戒があった。


 女は指先で火の粉を払うと、ゆっくりとフードを下ろした。


 月光が、緑の髪を照らした。


「クロエ、よろしくね」


 その名を聞いた瞬間、ティタニアは息を呑んだ。


 ティタニアの記憶には、同じ名があった。宮殿の禁書庫で見つけた名前。隠された歴史の一部。


――深緑の魔女。


――まさかね……


 そう自分に言い聞かせて、ティタニアは問う。


「どうして助けてくれたの?」


 ティタニアの問いに、クロエは焚き火を見つめたまま肩をすくめる。


「理由なんて、大したものじゃないわ。昔の約束を、果たしているだけ」


 その言葉は、軽かった。


 ティタニアはそれ以上追及できず、口を閉ざす。


 クロエは話題を変えるように、火に小枝を投げ入れた。


「この先、どこへ向かうつもり?」


「東に行くつもり。グラニエ辺境伯の領地を目指すわ。アルドおじさまなら信用できる」


「そのあとは?」


「どうにかしてレオリアに亡命をするのが正攻法でしょうね。となれば、沿岸諸国連合、アルク王国に入って海路でレオリアに行くのが無難かしらね」


「悪くないわね」


 クロエが短く答える。


 焚き火がぱちりと弾けた。


 ティタニアはその光を見つめたまま、指先を強く握った。


「……私は、生き延びる」


 誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、夜の闇に吸い込まれていった。

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