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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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Intermission 17 「モスタール要塞攻防戦」

 その日、深夜のモスタール島は、霧に包まれていた。


 海から吹く湿った風が砦の旗を重く揺らし、波が岩壁を叩く音だけが響いている。


 レオリア王国海上防衛の要、モスタール要塞。ティラナ島を守る最後の盾であり、アルカ海の北航路を監視する最前線だ。


 その石造りの砦の中央、展望塔に一人の男が立っていた。


 グレン・プロブディフ中将――五十を越える老練の将。白い髭を撫でながら、灰色の空の向こうに目を細める。


「……潮が変わったな」


 副官のカミル・レドン少佐が駆け上がってきた。若く血気盛んな軍人だが、声には焦燥が滲む。


「中将、魔力観測塔が異常反応を検知しました! 北海域に……強い魔力の波動です!」


 グレンは無言で望遠鏡を取る。霧の向こう、かすかに光が揺らめいた。海霧の奥に、巨大な影がいくつも浮かび上がる。


「……アズーリアか」


「はい。夜間監視魔法士によると旗章を確認しております。帝国海軍のものです」


 その報せと同時に、霧を裂き、空が白く閃く。


 次の瞬間――


 島全体を揺るがすほどの爆風が要塞を襲った。


 轟音。


 砦の外壁が一瞬で蒸発し、巨石が空を舞う。兵士たちが悲鳴を上げ、塔の上でも足元が崩れた。


「――な、何だ、今のは!?」


 カミルが叫ぶ。


 グレンは身をかばいながら、遠くの海をにらんだ。


 霧の奥に、ひときわ眩しい光が(うごめ)いている。まるで神の雷を束ねたような、青白い魔力の流れ。


「新兵器の噂は本当だったか」


 帝国が開発中と伝えられていた新兵器――()()()()()


 魔力結晶を喰らい、魔力を一点に圧縮して放つ魔導砲。


 一射ごとに、中規模都市が一か月で消費する以上の魔力石を要すると言われる――狂気の兵器。


「砲撃、二射目来ます!」


 報告と同時に、再び閃光が空を焼いた。


 要塞の防壁を貫き、防御陣が一瞬で崩壊。展望塔の窓が砕け、熱風が吹き込み、焼けた石片が肌を裂く。


 グレンは血に濡れた顔で指揮台に立ち上がった。


「全軍、反撃用意! 石砲隊、照準を旗艦へ! 魔法士隊は防御魔法を再展開だ、死ぬ気で維持しろ!」


「はっ!」


 兵士たちが走る。


 崩れ落ちる石壁の下で、魔法士が叫びながら詠唱を始めた。


 だが、足りない。魔力が足りない。


 敵の火力は桁違いだった。


 海岸線には、すでにアズーリアの上陸部隊が姿を見せていた。


「カミル! 南壁を固めろ! 島を渡すな!」


「了解しました!」


 カミルが走り去る背を見送り、グレンは剣を抜いた。


 この老いた体で前線に立つことになるとは思わなかった。


 だが、守るべきものがある。――この砦を越えれば、次はティラナだ。


 空気が再び震えた。


 三射目。


 魔力塔が直撃を受け、青白い光柱が空へと噴き上がる。


 魔力供給が途絶え、要塞全体の防御魔法が霧散した。


――その瞬間、すべてが静寂に包まれる。


 爆風が止み、遠くで波の音が聞こえる。


 だが次の刹那、砦の中央が崩壊し、炎が噴き上がった。


 兵士たちが散り散りに逃げ惑う中、グレンは剣を地に突き立てた。


 背後には、王国旗が裂けたまま風に揺れている。


 血と煙の匂いが混ざる空気の中、グレンは最後まで立っていた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


――その頃、沖合いの帝国旗艦アウレリアでは。


「命中確認。要塞の魔力塔、破壊を確認しました」


 報告に、提督セルジュ・ヴァルカンは無言で頷いた。


 白金の軍服に包まれた青年将。冷徹と理性で知られる帝国の若獅子。


 その瞳には、勝利の炎ではなく、戦の影が映っていた。


「……ようやく終わったな」


「提督、炉の温度が限界です! これ以上の発射は危険です!」


 副官が叫ぶ。


 艦内の魔導炉が唸り、床が軋む。


 膨張する魔力が装甲の隙間から青白く漏れ出していた。


「魔力の消費量は?」


「三射で、超大型魔力結晶を六個と言ったところです。予想通りですが……」


「……安くはない勝利だな」


 超大型魔力結晶を錬成するための費用を想像しながら、セルジュは静かに息を吐いた。


 だがその横顔には、勝者の誇りよりも、わずかな疲労と虚無が滲んでいた。


 双眼鏡を手に、燃え上がるモスタール島を見つめる。


 炎の中に、なお立ち尽くすひとつの影――白髪の老将。


 それが誰であるか、セルジュは知らない。


 だが、あのような男がいる国を敵に回した時点で、この戦いは安易なものではないと直感した。


「……この兵器が、帝国を救うと思うか?」


 セルジュは、副官に問う。


「もちろんであります!」


「いい答えだ」


 セルジュは短く笑った。


 だがその笑みは、どこか空虚だった。


「撤収だ。炉の冷却を優先しろ。占領は、上陸部隊に任せておけ」


「了解!」


 艦がゆっくりと反転する。


 背後で爆発音が響く。


 その閃光が、空を紅に染めた。


――その光は、少し離れたティラナ島の空にも届いた。


 漁の準備をしていた漁師たちが、ただ沈黙のまま空を見上げる。


「……今の、光は……」


 漁師が呟く。


 誰も答えない。


 だがその瞬間、世界は確かに変わった。


 戦の幕が、上がったのだ。

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