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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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Intermission 15 「とある奴隷商の直感」

 少し時間は遡り、開戦の知らせがリアディスに届く前。


 朝のリアディス取引所は、すでに戦場のようだった。


 魔法士たちの怒号、取引仲介人の走り回る足音、トークンコアの周囲には無数の光の筋が飛び交う。


――小麦。


 先週からすでに三割高。市場参加者の多くが、その急騰を信じられずにいた。


「アンドレさん、すごい勢いですよ……!」


 隣で帳簿を抱えた仲介人が、興奮と恐怖をないまぜにした声を上げた。


 アンドレは、取引所の奥にある上級商人用の個室に腰を下ろしていた。光るスクリーンの数字を睨むその瞳は、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。


「……ふむ」


 短く唸る。その表情に迷いはない。


 この数日、アンドレは奴隷の仕入れを完全に止め、資金を少しずつ小麦の先物に投じていた。最初は半信半疑だった。失った金を取り戻すため、打診的に買いを入れていた。


 だが、相場は裏切らなかった。アズーリア帝国とレオリア王国の緊張、運河沿いの輸送滞り、南部の干ばつ。市場は恐怖に反応し、値は燃え上がるように上昇した。


 最初の五百万ディム、次には倍の資金を入れる。気づけば帳簿は真っ黒に染まり、胸の奥が久しく忘れていた熱で満たされていた。


「へっ……悪くない」


 低く笑う。


 奴隷の相場よりも、ずっと素直だ。


 血も涙もない、ただの数字の世界。だが、その数字の波が、いま自分を救おうとしている。


「アンドレさん、本当に……このままでいいんですか? もう十分に利益が――」


「黙れ」


 その一言で仲介人は口を閉じた。


 アンドレは、指輪のはまった手で机を叩く。


「今、降りる奴は負け犬だ。上がっている波に背を向ける商人がどこにいる?」


「で、ですが……借入金まで使えば、もし暴落したときは――」


「暴落? そんなもの、来るものか」


 アンドレの口角が歪む。


「奴らは動いている。その資金がどこへ流れているか、俺にはわかる。小麦だ。――戦が始まる」


「戦……?」


 仲介人が顔を引きつらせる。


「気にする必要はない」 


 アンドレは、そう言いながら帳簿を開く。


 そこには、ありとあらゆる商人仲間、裏の金融屋、果ては灰牙の蛇に関わる資金ルートまでが書き込まれている。


「これで300万ディム。あと一社……いや、二社から引ける。すぐに発注しろ」


「ま、また小麦買いですか!? そ、それは――」


「聞こえなかったか?」


 仲介人の顔が青ざめる。


 だが、アンドレの目はすでに別のものを見ていた。


 その瞳には、数字ではない「匂い」が映っていた。


――儲けの匂い。


 それが、今、アンドレを突き動かしていた。


「わかりました」


 そう言って、仲介人はトークンコアを周回する取引魔法士に指示を飛ばす。


 その瞬間、扉が乱暴に開いた。


「報せです! アズーリア軍が――モスタール要塞を攻撃しました!」


 場の空気が、一瞬で凍りつく。


 仲介人が真っ青になり、言葉を失う。


 アンドレだけが、静かに笑った。


「来たか」


 低く呟き、ゆっくりと立ち上がる。


 取引広場の喧騒が一気に爆発した。小麦の気配値が跳ね上がり、取引魔法士たちの詠唱が交錯する。


「……買いだ」


「な、何ですって!?」


「全てだ。借りられる分は全部突っ込め。残りの資金もだ。小麦を買えるだけ買え」


「アンドレさん、それは――!」


「聞こえなかったか?」


 アンドレの声は低く、しかし確信に満ちていた。


 長年、奴隷市場を這い回り、血の匂いと欲望の世界で生き延びてきた男の勘。


 その勘が、今、全力で叫んでいた。


――これに乗れば、勝てる。


 仲介人は震える手で書類を開く。借り入れの帳簿を記し、次々と発注を走らせた。


 部屋の中が、トークンコアの反射で青く揺れる。


「上がれ……もっとだ」


 アンドレの呟きは、熱狂の渦の中に溶けた。


 数字が跳ねるたび、心臓が高鳴る。かつて感じたことのない昂揚。失敗の痛みも、恐怖も、今はもうどこにもなかった。


――賭ける。すべてを。


 奴隷商アンドレの全財産が、その瞬間、小麦相場に飲み込まれていった。

読んでいただいてありがとうございます。

様々な視点で情勢が動いていく様子を読んでいただけるように、第8章では変則的に「Intermission」が挟まる形になります。

楽しんでいただけると幸いです。

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