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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第八章 「ディセンディング・トライアングル」

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第69話 「フレイジア」

 港を出てセレスティア商会に向かうころには、夕陽が街の屋根を黄金に染めていた。


 遠くの桟橋では、出航できない船がいまだに停泊したままだった。


 空の魔力石を満載した荷馬車が石畳を軋ませて進む。


 隣からフィリアが、歩調を乱さずに話しかけてきた。


「そろそろ説明して頂いてもよろしいこと? アルヴィオ」


「……わかった。戻ったらイオナも呼ぼう。本人の口から聞いた方が早い」


「本人の、ですの?」


「そうだ。あれは俺の発想じゃない。イオナの研究だ」


 フィリアは一瞬きょとんとした後、軽くため息をついた。


「わかりました。まったく……あなたという方は……」


 そう呟くと、歩みを早める。


 セレスティア商会に戻ると、すでに夜の帳が下りていた。


 魔導灯の光が磨かれた木の床を柔らかく照らしている。


 俺は、近くの従業員に声をかけた。


「すまないけど、イオナを呼んできてくれ」


「はい、すぐに」


 従業員が軽く会釈して部屋を出ていく。


 残ったフィリアが、長い脚を優雅に組み替えながら俺を見据えた。


「まさか、あの大量の魔力石を……実験に使うおつもり?」


「使うというより、置くだけだ」


「置く?」


「三日間、フレイジアと一緒にしておくだけでいい」


「……いよいよ意味がわかりませんわね」


 フィリアの眉がぴくりと動く。


 数分もしないうちに、ドアがノックされた。


「失礼しますー……ふぁ……」


 あくび混じりの声。


 入ってきたのは、獣人の少女――イオナ・セイラン。白衣の袖にはインクの染みが点々とついている。


「呼んだ? アルヴィオ君……」


「とりあえずここに座ってくれ」


「うん」


 イオナはぼんやりした目でこちらを見たが、フィリアの視線を感じ取ると背筋を伸ばして頷いた。


 後ろからアイラが入ってきて、盆に湯気の立つカップを置く。


「イオナさん、お疲れさまです。お茶どうぞ」


「ありがと、アイラちゃん……あー、ちょうどいい。喉カラカラだったんだ」


 イオナは湯を一口すすり、青い耳をぴくぴく動かすと、机の上の球根を指さした。


「さて、と。ここに呼ばれたと言うことは、説明すればいいんだね?」


 その言葉に、フィリアが身を乗り出した。


「ええ。できれば()()()()()()()()()()にお願い致しますわ」


「うーん、そう言われるとプレッシャーだね。でも、できるだけ簡単に話すよ」


 イオナは軽く咳払いをして、机の上に置かれた試料の一つを取り上げた。


 青白い光を放つ――フレイジアの球根。


 そして、その隣に並ぶのは灰色の石。魔力を使い切った()()()()()


「まず、前提からね。フレイジアっていうのは、魔力を溜め込む性質がある植物なんだ。アルカナプレートで吸い上げれば、それがそのままディムになる。でも……この魔力、全部を取り出してるわけじゃないんだよ」


「残る、ということですの?」


 フィリアが眉を上げる。


「そうそう。外側の皮や根の部分も含めて全体的に、かなりの魔力が残る。しかもそれは──妙に粘る魔力なんだよ。普通の魔法石みたいにすぐ散らない。まるで生きてるみたいに、また魔素を引き寄せる性質がある」


 イオナは指先で球根を軽く叩いた。淡い光がぴくりと脈動する。


「そこで、空の魔力石と一緒にしてみたんだ。魔力を失った石は、長い年月をかければ再び魔素を吸収して使えるようになるでしょ? だったら、このフレイジアの魔力が何か影響を与えるかもしれないと思って」


「なるほど……つまり、魔力石の性質を利用した実験というわけですのね」


 フィリアが腕を組み、目を細めた。声には興味と警戒が混ざっていた。


「正解。やってみたら、予想以上に面白い結果になったよ」


 イオナは白衣のポケットから記録用のカードを取り出し、机に並べた。


 そこには数字と簡単な魔導式が記されている。


「三日間、フレイジアと空の魔力石を同じ空間に置くだけで──魔力石が淡く光を取り戻した。測定してみたら、中級品質の魔法石と同じくらいの魔力値を示したんだ。比率は、フレイジア百個に対して中型魔力石一個が理想かな」


 フィリアの表情がわずかに動いた。


「……まさか、それが安定した結果なんですの?」


「うん。再現性は確認済み。誤差もほとんどない。アルカナプレートを使って魔力を吸い出すのとはまったく別の原理で、フレイジアから魔力石に魔力が移ってる」


 その瞬間、部屋の空気がわずかに張りつめた。


 フィリアは椅子の背に深く腰を下ろし、脚を組み替えながら静かに呟いた。


「……それが事実なら、革命ですわね」


「革命?」


 アイラが小首を傾げる。


「ええ。これまではフレイジアの魔力を回収しても、それをディムに換えるのが精一杯。現金化して終わり、という流れが当たり前でしたわ。でも、もし魔力石に変換できるなら話は別。魔力の価値が根本的に揺らぎますわ」


「魔力の価値ですか?」


 フィリアの後ろに控えていたエルヴィナも、思わず話に加わる。


「ええ。今までは、基本的に魔力石は()()()()でしたわ。再生には長い年月がかかるし、供給が安定しない。国家が流通を管理している国もあるくらいですわ。でも――」


 フィリアはイオナの手元の球根と灰色の石を見比べて、目を細める。


「この方法が確立すれば、誰でも魔力石を再生できるようになりますわ。市場は混乱しますわね」


 イオナは肩をすくめる。


「だから、公開するかどうかずっと保留にしてたんだ。……今のところ、ここに居るメンバーしか知らないことだね」


 静寂が降りた。


「だけど、今は……」


 イオナはこちらを見る。


「そうだな……」


 俺は、イオナと目を合わせて頷いた。

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