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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第七章 「ディストリビューション」

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Intermission 13 「セリナの現場哲学」

 夕方、リアディス経済新聞の事務所は静かだった。


 窓の外では、夕暮れの光がゆっくりと街を沈めていく。


 ダリル・フェインは、机に向かって今日の取材記録を整理していた。


 昼間のエリーナ・ルミナス少将への取材は、思いのほか長引いた。軍の裏事情を聞き出すのは、神経を使う。


 ちょうど一息ついたところで、ドアが勢いよく開いた。


「いたいた! ダリル、聞いた? 北運河の倉庫街で、騒ぎがあったらしいの!」


 息を弾ませた声が響く。


 セリナ・クロフォード――リアディス経済新聞のベテラン記者であり、ダリルの上司。無鉄砲で行動的、だがその嗅覚だけは異常な鋭さがある。


「セリナさん、また突発案件ですか? せめて――」


「のんびりしてたら、現場が消えるわよ!」


 セリナは机に両手をついて、勢いよく身を乗り出す。


「しかもね、場所がセイラン女史が最後に目撃された区域よ。これは、アディスさん絡みで間違いないわ」


 その一言で、ダリルの手が止まった。


「……まさか」


 こういう時のセリナの目、それは、獲物の香りを嗅ぎつけた獣の目だ。


「……わかりましたよ。行けばいいんですね」


 ダリルは、観念してペンを置く。


 そして次の瞬間には、セリナに腕を掴まれていた。


「ぐぇっ、ちょっ、肩が抜けますっ!」


「急いで!」


 事務所のドアが閉まる音が、夕暮れの街に吸い込まれていった。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 北運河のあたりは、夜になると人気(ひとけ)が途絶える。倉庫ばかりが並ぶその区域は、昼間でさえ薄暗く、夜はまるで別世界のように沈む。


「ちょっと、早いですよセリナさん!」


「あなたが遅いのよ!」


 セリナは早足で路地を抜け、運河沿いの石畳を進んだ。


「……やっぱり来るんじゃなかった」


 ダリルは、ぼやきながらついてくる。


「そう言いながら、ちゃんとついてくるのよね。やっぱり記者魂ってやつ?」


「ただの巻き込まれ体質です。僕はデスクワーク担当でいたいんですけど」


 苦笑するダリルの耳に、遠くで鉄扉が軋む音が届いた。


 風の流れが変わる。かすかに焦げた臭いが鼻を突いた。


「……何か、燃えた匂い? ということは…やっぱりここね」


「本当に近づく気ですか?」


「当然でしょ。記事は現場から生まれるのよ」


 軽い口調のまま、セリナは足音を殺して進み始めた。


 ダリルも観念して後に続く。


 倉庫街の一角、崩れた壁の陰に人影が見えた。


 常夏のリアディスには似つかわしくない黒い外套。


 それは兵士でも警備でもない。動きは異様に整然としていた。


 五、六人ほどの集団が、地面に撒かれた何かを処理している。


 バケツを傾け、液体を撒く音。


 そして、風に乗って刺激臭が漂った。


「うっ……なんですか、この臭い……!」


 ダリルが鼻を押さえる。


 セリナの顔が険しくなる。


「……この匂い、知ってる」


「え?」


「血液を分解して魔素に変える薬品よ。昔、暗殺で使われてたって聞いたことがあるわ。今は、条約で使用も製造も禁止されている」


 ぞくりとした寒気が背筋を走る。


 倉庫の前には、人型の輪郭を残した黒い染み。


 そこへ、男の一人が薬品を注ぐと、淡い蒼光とともに跡形もなく消えていく。


「……後始末、ってやつですか」


「そう――ヤツらにとっては、見られたらまずい現場だわ」


 その言葉とほぼ同時に、作業員の一人が顔を上げた。


 無機質な視線が、こちらを向いた。


「……まずいっ!」


 セリナがダリルの腕を掴む。


「バレた、走るわよ!」


 次の瞬間、霧の中を閃光が走った。


 魔法ではない。信号弾――周囲に合図を送るものだ。


 反射的に身を翻したダリルの背後で、靴の音が鳴り響く。


 倉庫と倉庫の間を抜け、木箱を蹴り倒しながら狭い路地を駆ける。


「セリナさんっ、どこへ!?」


「こっち! 運河沿いなら撒ける!」


 息を切らせながら、二人は濡れた石畳を踏みしめた。


 ようやく橋の下の物陰に身を潜める。


 追っ手の気配は、もう遠い。


 だが、風が運んでくる薬品の匂いは、まだ鼻に残っていた。


「……っ、死ぬかと思いました……」


 ダリルは肩で息をしながら、壁にもたれかかる。


 セリナは少し離れた場所で、髪を整えながら夜空を見上げた。


「見たわね、ダリル。誰かが、証拠を消してる」


「でも……誰が? 軍? それとも……どこかの商会?」


「わからない。ただ、あの装備。普通の処理班じゃないわ。闇側の仕事人よ」


 セリナの言葉に、ダリルは思わず唾を飲み込んだ。


 胸の鼓動がまだ速い。


「……つまり、アディスさんたちが戦ってたのは――」


「そう。灰牙の蛇か、あるいはその下部組織。どっちにしても、一般人が近づいちゃいけない領域」


 セリナは冷ややかに笑い、懐からメモを取り出した。


「いずれ記事にしましょう」


「命懸けのネタですよ、それ……!」


「記者ってのは、危険手当が記事料に含まれてるの」


 軽口を叩きながらも、セリナの目は笑っていなかった。

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