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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第七章 「ディストリビューション」

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第66話 「魔法植物学者の事情」

 路地には、まだ戦いの余韻が残っていた。


 水の匂い、焼け焦げた木片の煙、そして気を失ったヒカリの静かな寝息。


「アルさん……ヒカリさんが……」


 腕の中のヒカリは相変わらず反応を見せない。呼吸は安定しているが、意識は戻らなかった。


「このままじゃ……」


「ああ。家に戻るより、近くの拠点の方がいい」


 即座に判断した。


「セレスティア商会だ」


 あそこなら、医療設備も人手もある。なにより今は、信頼できる場所が必要だ。


 イオナは壁際に座り込み、灰色の瞳を伏せていた。肩や腕には裂傷があり、衣服も血で染まっている。


「あなたも手当てを」


 アイラが膝をつき、掌をかざす。アルカナプレートが光を放ち、治癒の魔法陣が浮かび上がった。


 白い光が傷ついた皮膚を覆い、血が引いていく。


 灰色の瞳が驚きに揺れ、すぐに安堵に変わった。


「……ありがとうね」


「立てますか?」


「……問題ないよ。ほら、こんな感じでピンピン」


 イオナは無理に笑って立ち上がった。だが足元はまだふらついている。


 ミラが周囲を睨みつけ、尾を立てる。


「今は動けるうちに退くべきだ。ヤツらが再び仕掛けてこない保証はない」


「ああ。行こう」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 セレスティア商会に辿り着いたのは、すっかり日が沈んだ頃だった。


 商会に入ると、玄関にいたフィリアが目を見開いた。


「アルヴィオ!? その子たちは……!」


 ヒカリの蒼白な顔と、ボロボロのイオナを見て、問いただすよりも早く行動に移る。


「治療室へ! 早く!」


 手際よく指示を飛ばし、商会の従業員たちが担架を用意する。


 ヒカリは柔らかな寝台に横たえられ、イオナは椅子に座らされる。


 そこへエルヴィナも現れ、冷静に状況を分析する。


「……何かしらの敵がいるということですね。商会周辺の護衛を増やしておきます」


「ありがとう、助かる」


 俺は短く応じ、ヒカリの寝顔を見下ろした。


 その額には薄い汗が浮かんでいたが、呼吸は落ち着いている。無茶をした分、体が強制的に休息を求めているのだろう。


 しばらくは、寝かしておこう。ヒカリのチカラについては、今後の課題だな。


 そんなことを、考えているとフィリアの声が飛んできた。


「それで、この子は……なんですの?」


 俺は、椅子に座るイオナに視線を移し、静かに答えた。


「彼女は、イオナ・セイランだ」


「そんなことを、聞いているいるのではありませんわ。どうしてそんな有名人が、こんなボロボロでここに居るかを聞いているのですわ」


 フィリアの声には、責めるというより真剣な心配が滲んでいた。


 イオナは沈黙した。灰色の瞳が揺れ、長い耳が微かに震えている。


「……アルヴィオ君たちが助けてくれなければ、僕は今ごろ慰み者だったね。いやー、危なかった危なかった」


 冗談めかすように笑ったが、声は空元気そのものだ。


「追われていた理由を、話してもらえるか?」


 俺が問うと、イオナは一度口をつぐみ、深呼吸をした。


「……わかった。どうせ隠しても、そのうちバレるんだろうし」


 イオナは自分の腰に下げていた小袋を軽く叩いた。


「僕ね、ちょっと特別な魔法が使えるんだ。植物を、すごいスピードで成長させられる。芽吹かせたり、伸ばしたり、絡めたり。……さっき、ちょっとだけ見ただろう?」


 俺たちは頷いた。


「連中は、その力を欲しがってる。畑を一晩で実らせられるなら、食料を独占できる。戦争でも、兵糧を支配すれば勝てる。だからね、僕は追いかけ回されてるわけ」


 言葉は軽い調子だが、瞳は真剣だった。


「でも、僕一人じゃ世界中の畑に魔法なんか使えない。だから……」


 少しの沈黙が流れる。


「狙われていたのは、僕の魔術回路。僕は、解剖対象だね。たぶん」


 空元気の笑みが消え、灰色の瞳が揺れた。


 アイラが息を呑み、拳を握りしめる。


「そんな……ひどすぎます……」


 ミラは低く唸った。


「ヤツらしいやり口だ。力そのものではなく、仕組みを奪うつもりだろう」


 俺は黙ってイオナを見据える。


 灰牙の蛇の狙いは、イオナの能力そのもの。


 俺の狙いとはちがう。だからこそ、勝機、いや――商機がある。


 イオナがふっと俺を見上げた。


「……アルヴィオ君」


「なんだ」


()()()()、誰かに話した?」


 その問いに、一瞬思考が止まる。


「いや、まだだ」


 俺は短く答えた。


 イオナは大きく息を吐き、安堵の色を浮かべる。


「よかった……まだなら、まだ間に合うかもしれない」


 何に間に合うのかは、まだ語られなかった。


 だけど、俺はその答えを知っている気がする。

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