第65話 「ケモ耳チェイスⅣ」
ヒカリは俺たちの声に反応しない。まるで夢遊病患者のように、無言で銃を構えた。
その瞬間、俺は気づいた。
――俺からは、何も魔力を流していない。
アクアレイジに魔力を供給していない。
だというのに、あの魔法銃は唸るように光を放ち始めていた。
「まさか……ヒカリ自身が……」
驚愕の思考が胸をよぎる。
銃口に青白い光が集約されていく。
魔力が周囲の空気を震わせ、石畳を濡らした水滴が浮き上がる。
黒装束の指揮役が慌てて叫んだ。
「撃て! 焼き払え!」
魔法陣が次々と展開され、炎の矢がヒカリに殺到する。
だがヒカリは一歩も動じなかった。
引き金を絞る。
瞬間、轟音とともに水流が解き放たれた。
蒼い水弾が炎を呑み込み、蒸気爆発を起こして黒装束の数人を吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
「ひぃっ……!」
ミラが息を呑む。
「信じられない……あの子が……」
アイラも震える声で呟いた。
「ヒカリさん……本当に、魔力を……」
俺は冷静に観察していた。いや、冷静であろうと必死に努めていた。
アクアレイジの反動をものともせず、銃を振るうヒカリの姿は、素人のものではない。
狙いも、体捌きも、完璧に研ぎ澄まされている。
――ヒカリには、何かある。
心の中でそう結論付けざるを得なかった。
黒装束たちは動揺しながらも、なお戦意を失ってはいなかった。
「数で押せ! 女一人に遅れを取るな!」
十人近くが一斉に突撃する。短剣が閃き、魔法陣が輝く。
ヒカリは無意識のまま、しかし淀みなく銃を振るった。
連射。
水弾が矢継ぎ早に放たれ、突撃してきた敵の腕を弾き、脚を砕く。
狙いは正確無比。殺さずに無力化する一撃ばかりが突き刺さっていた。
「ぐっ……!」
「くそっ、動け……!」
敵が崩れ、路地が一瞬で静まり返る。
残った者たちは互いに顔を見合わせ、怯えの色を浮かべる。
「馬鹿な……」
指揮役が歯噛みし、叫んだ。
「退け!」
黒装束たちは散り散りに撤退を始めた。
路地に残ったのは、倒れ伏す敵と水に濡れた石畳だけだった。
イオナは立ち上がり、一歩、二歩と歩き、震える声で呟いた。
「僕は、助かったのか……そっか」
俺は頷いた。
「もう大丈夫だ、イオナ」
灰色の瞳が、ほんの少しだけ安堵の涙に揺れた。
「君に助けられるのは、二度目だ。アルヴィオ君」
「ああ、今度も何とかなったな」
イオナは涙を拭いながら、笑顔を見せた。
ヒカリに、視線を戻す。
なお銃を構え、わずかに震える腕で標的を探すように視線を走らせる。
瞬間――。
アクアレイジの光がふっと弱まった。
その瞬間、ヒカリの体から力が抜けた。
「ヒカリ!」
俺は慌てて駆け寄り、倒れ込む身体を抱きとめる。
アイラも駆け寄り、必死に声をかける。
「ヒカリさん! 大丈夫ですか!」
ミラは、一瞥した後、冷静に告げる。
「気を失っただけだ。命に別状はない」
腕の中で、ヒカリは静かに眠るように目を閉じていた。
その横で、アクアレイジの青い銃身がなお微かに輝いている。
――ヒカリは、魔力を持っている。
濡れた石畳に横たわる魔法銃を見ながら、俺はそう確信せざるを得なかった。




