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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第六章 「アキュムレーション」

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Intermission 9 「ラテラルムーブメントⅡ」

 馬上を駆ける風は熱を帯びていた。


 リアディス郊外の平野を渡る空気は砂塵を巻き上げ、視界の先には群れを成した魔獣の影がうごめいている。


 エリーナ・ルミナスが模擬戦でその力を振るい、アイラシアと激突していたその頃。副官ガルドは馬上にあった。


 ガルドの脳裏には、王都エルドレインで受けた密命の言葉が甦っていた。


――王家の宝物庫から二つの魔道具が失われた。


――その一つ。名称は『黒淵灯』。禁忌に属する魔道具。


――『黒淵灯』はテロリストの手に渡った場合、リアディス近郊で使用される可能性が高い。


――回収を最優先とせよ。できない場合は、破壊も許可する。


 エルドレインのレオリア王直属の秘密工作機関――『カエルム機関』の密命。エリーナさえもその存在を知らない任務。


 数刻前。配下である工作員が血相を変えて駆け込んできた。


「ガルド様、事態が急を告げています。魔獣が突如として大量に発生……発生源は、F級ダンジョン『薄明の洞窟』です!」


 その言葉を聞いた瞬間、ガルドはすぐさま立ち上がっていた。


――黒淵灯。


 それ以外にあり得ない。


 荒れ狂う平野を抜け、ガルドは馬を()る。同行するのは数名の部下たち。いずれもカエルム機関から選抜された精鋭であり、通常の兵士よりも機密任務に馴れた者たちだ。


「散らばるな。固まって突破する!」


 ガルドの号令に、部下たちは即座に馬を寄せ合った。


 前方から、土煙を上げながら魔獣の群れが迫ってくる。狼型の魔獣が先頭を切り、背後には猪のような巨獣が唸り声をあげていた。


「構えろ!」


 部下の一人が(くら)から魔道具を引き抜き、空中に紋を描く。半透明の障壁が広がり、突進してきた狼型魔獣が激突、火花を散らして弾かれた。


 ガルドは片手で手綱(たづな)を操り、横から迫る魔獣に刃を振るう。軍刀が閃き、首筋を断ち切る。


「止まるな、駆け抜けろ!」


 兵たちは馬腹(ばふく)を蹴り、魔獣の群れをかいくぐる。背後から飛びかかる影を、矢で射抜き、息をつく間もなく進軍は続いた。


 やがて視界に、洞窟の口が見えてきた。


 入口付近は異様な空気に包まれていた。薄明の洞窟は元来、初心者冒険者の訓練場にすぎない。だが今は黒い(もや)が流れ込み、空気は澱んでいる。


 馬を降りたガルドは部下たちを振り返った。


「あれを装着しろ」


 部下たちが取り出したのは、白く輝く小型の護符だった。カエルム機関が独自に開発した、禁呪性魔道具からの干渉を遮断するタリスマン――『遮断符』。


「これは……黒淵灯の影響を防ぐためのものですか」


 若い部下が声をひそめる。


「ああ。あの黒い霧は、触れただけで生気を吸われる。気を抜くな」


 ガルドの表情は険しい。


 一行は障壁魔法を張りながら洞窟へ突入した。


 洞窟の中は、思いのほか静かだった。このダンジョンの生み出せる限りの魔獣はすでに外へ吐き出されてしまったのだろう。残されたのは、湿った空気と不気味な靄だけ。


 壁面には黒い染みが浮かび、石床からは絶えず囁き声のような音が漏れている。


 部下の一人が怯えたように声をあげる。


「まるで……生きているみたいだ」


「黒淵灯が新たな()()を求めている証拠だ」


 ガルドは険しい面持ちで進む。


 第1層から第4層までは、やはり抵抗はなかった。


 ただ黒靄(くろもや)が濃くなるばかり。


 進むたび、胸を圧迫する重苦しさが増していく。


「心臓を握られているようだ……」


 別の部下が呟く。


 やがて階段を降り、第5層へ。


 そこはまるで別世界だった。


 洞窟の中央に、黒い灯籠――黒淵灯が鎮座していた。


 灯籠からは黒炎のごとき光が脈動し、周囲を侵食している。岩壁に張り付く(もや)は心臓の鼓動のように収縮を繰り返し、空気は腐臭に満ちていた。


「全員、絶対に近寄りすぎるな」


 ガルドの声は低く鋭かった。


 胸にかけた符を強く握りしめる。近づくだけで全身の血が吸われるような感覚。


 これが禁忌の魔道具――黒淵灯。


 部下の一人が短杖を構え、詠唱を始めた。


 符と合わせた封呪式。光の鎖が黒淵灯を絡め取り、じわじわとその脈動を抑え込んでいく。


「……効いている」


「このまま抑えろ!」


 黒い炎が激しく揺らめき、耳障りな悲鳴のような音が洞窟に響いた。


 やがて――黒淵灯は静かに沈黙した。黒炎が消え、(もや)が薄れていく。


 全員が大きく息をついた。


 しかし任務は終わっていない。


「周囲を探索しろ。残滓が潜んでいるかもしれん」


 部下たちは散開し、岩陰や壁の影を探る。


 そのときだった。


「……ガルド様! こちらに!」


 駆け寄った先で目にしたのは――人影だった。


 岩壁にもたれかかるように倒れていたのは四人。鎧を雑に着込んだ男、無骨な戦士、軽装の弓使い、赤毛の魔法士。いずれも衰弱し、息も絶え絶えだった。


「……冒険者か」


 ガルドは低く呟いた。


 リーダーの男が、虚ろな目をこちらに向けた。


「た……すけ……」


 その声に、ガルドの表情は一切動かない。


「拘束しろ。重要参考人だ」


 部下たちが縄を取り出し、四人を縛り上げていく。抵抗する力は、もはや残っていなかった。


 黒淵灯を利用しようとしたか、それとも単なる駒にされたか。いずれにせよ、禁忌に関わった時点で彼らの末路は決まっている。


 ガルドは黙してその光景を見つめた。


 黒淵灯は封印の箱に収められ、冒険者たちは鎖に繋がれた。


 静まり返った洞窟に、残るのは彼らの荒い呼吸と、冷たい床に響く鎖の音だけだった。


 こうして任務は果たされた。だが、黒淵灯が示した能力への疑念は消えぬまま、ガルドは踵を返した。

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