第53話 「インターセプト」
陽射しが傾きはじめた頃、北リアディスのレオリア軍基地を取り巻く空気は、一変していた。
耳をつんざくような警鐘と兵士たちの叫び声。見渡す限り、地平を埋め尽くすほどの魔獣の群れが押し寄せていた。
「数が……多すぎるな」
思わず息を呑んだ。
群れの先頭は牙を剥いた狼型魔獣。さらに奥には巨躯の人型や翼を持つ魔獣の影まで見える。
「前衛部隊、密集陣形! 魔法士隊は中衛を固めて前衛を援護!」
指揮を執るのはエリーナだった。髪を揺らし、声を張り上げて命令を飛ばす。
俺はアクアレイジを構え、視界を覆う魔獣の影を睨みつけた。
「アルさん!」
隣でアイラが金色の瞳を輝かせ、両手に光を収束させていた。その表情は恐怖を押し隠し、ただ真っ直ぐに前を見据えている。
「いけるか」
「はい! いけます」
最初の衝突は一瞬だった。
前衛の兵士たちが一斉に槍を突き出す。倒れた狼型の魔獣が、魔力の粒子に分解されていく。しかしすぐに次の群れが襲いかかり、鉄と肉の悲鳴が交錯する。
上空からは、翼を広げた鳥型の魔獣が急降下してきた。
「フィリア!」
「心得ておりますわ!」
紫の瞳を細め、フィリアが両手を上げる。雷鳴が走り、閃光が一直線に空を裂いた。サンダーランス。雷の槍が空を駆け、鳥型の魔獣を串刺しにする。焼け焦げた羽がばらばらと舞い落ちるのを見て、兵士たちが歓声をあげた。
すかさず、エルヴィナが前へ躍り出る。黒いメイド服の裾を翻し、鋭い剣閃で人型の腕を切り裂いた。巨躯が呻き声をあげ、後退する。
「お嬢様、背後はわたくしが必ず守ります!」
「頼もしいわね、エルヴィナ」
フィリアの声は落ち着いていたが、その額には汗が浮かんでいる。戦場の緊張はフィリアのような強者でさえも容赦しない。
俺は深く息を吸い込み、アクアレイジを構え直した。銃身に、アルカナプレートを通してディムを注ぎ込む。水の魔力が銃口に収束し、揺らめく波紋のような光を放つ。
「アルさん、右側!」
アイラの声で振り返る。狼型の魔獣が兵士に飛びかかろうとしていた。引き金を引き、アクアレイジの水弾が魔獣の喉を貫いた。兵士が振り返りざまに俺へ敬礼し、再び戦列へ戻っていく。
しかし次の瞬間、悲鳴が響いた。
「エリーナ様──!」
後方で、巨躯の魔獣がエリーナへ迫っていた。指揮の最中、不意を突かれたのだろう。魔力の輝きが遅れる。
「お姉様!」
アイラが詠唱もなく光弾を放ち、魔獣の目を焼く。爪は空を切り、エリーナの髪をかすめて地面に叩きつけられた。
衝撃で地面が揺れ、砂煙が舞う。その中で、エリーナが信じられないものを見るように妹の横顔を凝視していた。
「アイラ……お前……」
アイラは一言も返さず、前を見据えて立っていた。その小さな背中に、確かな覚悟が宿っているのを俺も感じ取る。
アイラは息を切らしながらも振り返り、俺に視線を送る。
「アルさん……今なら!」
「たのむ」
短く答える。
アイラは大きく息を吸い込み、詠唱を開始した。
アルカナプレートが激しく光を放つ。膨大な魔力が俺を通過していく。
-2048ディム。
-2048ディム。
-2048ディム。
……
アイラの周囲に光の魔法陣が次々と浮かび上がり、そのたびに大量の魔力が供給されていくのが分かる。その光景に、兵士たちが一瞬、戦う手を止めるほどの威容があった。
しかし、アイラをもってしてもこの大魔法の詠唱は長い。その間に魔獣の群れが殺到してくる。
「アイラをお守りいたしましょう」
フィリアが声を張り上げ、サンダーランスを連発。雷撃が狼型を焼き払い、エルヴィナが剣を交差させて迫る魔獣の牙を弾き返す。
「アルヴィオ君、後ろ!」
ティナの叫び。振り返ると、背後から鳥型の魔獣が急襲していた。
俺は即座にアクアレイジを構え、翼を撃ち抜く。だが落下した魔獣は、なおも牙を剥いてこちらに飛びかかる。
「させるかよ!守れ、アースウォール」
リックの声が響き、土の壁が立ち上がる。魔獣がぶつかり、粉々に砕ける。
「助かる!リック」
アイラに視線をやる。詠唱は続いている。瞳は閉じられ、ただ魔法陣へと意識を注いでいた。
相変わらず魔獣の群れが波のように押し寄せ、幾度もアイラへ迫ろうとする。
魔獣の巨腕が振り下ろされた瞬間、俺は前に飛び出した。銃口から放たれた水弾が魔獣の関節を貫き、エルヴィナの刃がそこを断ち切る。巨体が崩れ落ちると同時に、アイラの詠唱が佳境に入る。
光が集まり、数多の輝きが戦場を照らした。優に三十を超える魔法陣が展開されている。
「――光よ、我が願いに応え、闇を穿て! エクスティンクション・レイ!」
天空から光の柱が降り注ぐ。眩い光線が戦場を覆い、無数の魔獣を呑み込んでいった。断末魔が響き、地が震える。爆風が吹き荒れ、戦場の喧噪をかき消すほどの白光が視界を覆う。
――これが、アイラの力。
「これは、なんですの?」
「最上級魔法の超多重展開……夢でも見ているみたいです」
フィリアの驚嘆に、エルヴィナも同調する。
神々しい光景に、兵士たちが歓声をあげた。
やがて光が収まったとき、戦場は様変わりしていた。
魔獣の群れは大きく数を減らし、レオリア軍は一気に優勢となった。
「押し返せ! 今だ!」
エリーナの号令に、兵士たちが一斉に突撃する。残存の魔獣は次々と倒され、やがて戦場は静まりを取り戻した。




