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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第六章 「アキュムレーション」

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第51話 「公開査定」

~憲章暦997年3月26日(風の日)~


 まだ朝の涼しい空気が残る時間、俺たちは北リアディスの軍基地に足を踏み入れた。


 リアディス市街からはそう遠くない、レオリア王国軍の北駐屯地。広大な訓練場には、すでに多くの魔法士たちが集まっていた。


 王国軍と魔法士ギルドが共催する査定試験。魔法士の力量を公式に認定するための行事だ。通例では二年に一回、六月ごろに行われるはずだ。だが、今回は「防衛戦力の査定」を題目に臨時で開催されている。


 今回は、臨時開催ということもあってか注目度も高い。リアディスの有力商会や周辺の貴族、軍関係者が視察に来ており、観覧席は朝からざわついていた。取引所も臨時休業となり、リアディスの街の注目はこのイベントに集まっている。


 俺は、試験があるアイラやフィリアとは別れて観客席へ向かっていた。


「おっ、アルじゃないか」


 不意に声をかけられ振り向くと、そこに立っていたのはリックだった。


「リック、お前も来てたのか」


「そりゃあな。俺だって一応、魔法士ギルドに登録してる身だからな」


 リックは軽口を叩きながら肩をすくめる。その言葉に、改めて俺は思い出す。――そうだ、こいつも魔法士だったな。普段は取引所での相場の話ばかりしているので忘れがちだが、正式に魔法士ギルドに登録している魔法士の一人なのだ。


「そういや、リックの得意属性は何だ?」


「俺か? ……土属性だよ。まあ、攻撃は大して得意じゃないけど、土壁くらいは出せるぜ。Dランクの看板は伊達じゃないってやつだ」


「……自慢になってねえぞ」


 そう返すと、リックは笑い飛ばす。


 俺としてはからかうつもりだったが、本人はまったく気にしていないようだ。そういう図太さが、リックの長所でもある。実際、魔法士であることを全く鼻にかけないところは結構気に入っている。


「ま、いいさ。俺は査定会場に行くからアルはのんびり見物でもしてろ」


「そうさせてもらうよ。下手打つなよ」


「ふー緊張してた。じゃあな!」


 軽く手を振り、リックは試験会場の列へと駆けて行った。


 俺は観覧席の方へと歩を進める。視線を上げると、貴賓席が目に入った。天幕が張られ、その下に鎮座する人物が見える。


 あれは、エリーナ・ルミナス――。


 ブラウンのロングヘアをなびかせ王国軍の制服を纏うその姿は、威厳そのものだ。エリーナがここにいること自体が、この試験の重要性を物語っている。


 やがて、訓練場のざわめきが静まった。壇上に立ったエリーナが、一歩前へ進み出る。鋭い紅の視線が会場を見渡す。


「――これより、査定試験を開始する」


「本日の査定は、七大属性――水・火・雷・風・土・光・闇、そして無属性の魔法を一通り披露することを前提とする。魔法士としての総合的な力を見極め、ランクを認定する」


 その言葉に、場の空気が一段と引き締まる。


「順に名を呼ばれた者から、前へ出よ」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 最初に名が呼ばれたのは――レイラ・ヴァース。


 赤いロングウェーブの髪を翻し、レイラはゆったりと前へ進む。レイラが壇上に立った瞬間、観客席がどよめく。


 レイラは魔法陣を展開し、次々に属性を切り替えて見せる。


 火、水、雷、風、土、闇。六属性それぞれの上級魔法が次々と放たれる。


「……やっぱり、すげえな」


 六属性を一気に披露する姿に、俺も思わず息を呑んだ。ただ、光だけは扱わない――ダークエルフはその性質上、光属性を苦手とするらしい。だがそれを差し引いても、Sランクを超える力であることは確かだ。


 恐らくレイラが、最初なのは開幕を告げるエキシビション的な意味合いも強い。レイラの実力が、伝説的だと言うのは皆が知るところなのだろう。


 レイラの査定後、次々と魔法士の名前が呼ばれていく。様々な能力の魔法士が自らの持てる力を披露していく。


 知った顔の中で最初に呼ばれたのは、フィナ・セレスティア――フィリアだ。


 金髪を揺らし、紫の瞳をまっすぐに前へ向けて進む。フィリアの狙いはBランク。あくまで抑えた評価を得ようとしている。


「雷よ穿て――サンダーランス!」


 鋭い雷槍が標的を貫く。


 続けて火の爆炎、水の氷刃を立て続けに披露した。だが、この二つの威力は、控えめだ。


 本気を出せばSランクに届くだろう。だが、フィリアは雷以外の属性の威力をあえて抑えて実力を隠した。巧妙に計算された立ち振る舞い。結果、Bランク評価に落ち着いた。


 次に登場したのは、エルヴィナ。


 フィリアの護衛兼メイド。光属性と無属性の魔法を駆使する実力者だ。


 光の矢が放たれると、まばゆい輝きが訓練場を照らした。防御壁を穿ち、影を焼き払う浄化の力。さらにエルヴィナは深呼吸し、無属性魔法の身体強化を起動する。筋肉が膨張し、風を切るような動きで目にも止まらぬ速さの剣撃を模擬標的に叩き込んだ。


 俺のトラウマを呼び覚ます動きだが、観覧席から歓声が上がる。光と無属性――純粋な攻撃力と機動力の両立。護衛役としては申し分のない強さだ。エルヴィナも無難にCランクを維持。


 ティナやリックなど知っている名前も次々と魔法を披露する。ティナは、火・風・水を順に披露し、正確だが派手さはない。それでもCランクに相応しい堅実さを見せた。リックは、土壁を展開し、水の弾、火の小規模な炎を披露する。攻撃力は低いが、確かに最低限の型を満たしている。Dランク認定には十分だ。


 そして、アイラの番となった。


 緊張で肩を震わせながらも、アイラは前に出る。観客席からは「ルミナス家の落ちこぼれ」という囁きが漏れ聞こえる。


 アイラが、魔法陣を起動する。俺の手元のアルカナプレートが光り、残高が僅かに削られていく。ディムを支払って得た魔力は、俺を通してアイラに魔力が供給されていく。


「……ウォータースプラッシュ!」


 水流が標的を撃ち抜く。続けて火の小炎、風の刃。どれも一昨日よりもはるかに威力は弱い。予定通りのDランク級の魔法だ。


 そして、無属性魔法――アイラが見せたのは「オーダーフォーム」だった。


 その顔は、いつもよりも堂々として見えた。


 結果としてDランク。アイラの表情には、無難に終えられた安堵が見える。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆


 全員が披露を終え、場に漂っていた緊張がわずかに和らいだその時――。


 壇上に再び、エリーナ・ルミナスが立った。


「――以上で、査定試験は終了とする」


 その一言で、多くの魔法士がほっと息をつく。


「……最後に模擬戦を行う」


 模擬戦――査定の締めくくりとして行われる恒例行事だ。強者同士の戦いを観客に見せる、いわばエキシビション。通例ではSランク、あるいはAランクに認定された者が選ばれる。


「今回の模擬戦は私が戦う」


 ざわっ、と観覧席が揺れた。


「相手は、私が指名しよう」


 観衆の視線が一斉にレイラへと集まる。圧倒的な力を見せつけた六属性の使い手。あるいは、ほかのAランク魔法士か? 観客は誰もがそのいずれかだと信じて疑わなかった。


 だが、エリーナから告げられた名は――。


「――アイラシア・ルミナス」


 妹、アイラの名だった。


 観客の間からは「は?」「聞き間違いじゃ……?」というざわめきが次々に上がる。


 アイラの小柄な肩がぴくりと震える。視線を泳がせ、口を開きかけるが、声にならない。普段から「ルミナス家の落ちこぼれ」と陰口を叩かれてきたアイラにとって、これはあまりに酷な舞台だ。


「……え、わ、わたし……ですか?」


 かすれた声が、広い訓練場に小さく響く。


 エリーナは一歩前に進み、はっきりと宣言する。


「そうだ。模擬戦の相手は――アイラシア、お前だ。異論は認めない」


 観覧席の一角で俺は拳を握りしめていた。


 なぜだ、よりにもよってアイラを……? アイラの力量がDランク相応であることは、今の試験で誰の目にも明らかだった。アイラは、うまくやっていた。模擬戦はあくまで公開の余興。それを考えれば、Sランクのレイラか、Aランクの魔法士を指名するのが筋だ。


 それなのに――。


 エリーナの真意は読み取れない。だが、紅の瞳は迷いなく、アイラを射抜いていた。


――何かを勘付かれたか?


 観衆のどよめきが渦巻く中、アイラは顔を伏せ、立ち尽くしている。両手が強張り、胸元でぎゅっと握られていた。


 逃げ場はない。


 アイラのこの大舞台で、模擬戦を戦わなければならない。


 俺は奥歯を噛みしめた。


 どうする、アイラ……。ここを乗り越えるしかない。

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