第48話 「過去との邂逅」
昼下がり。
俺たちは、ゴンドラに乗って北運河を渡り、初心者ダンジョン――『薄明の洞窟』と呼ばれる場所に到着した。
小さな丘陵に口を開けた洞窟は、昼の光が差し込むため内部も暗すぎることはない。入り口には簡素な石の門と管理用の小屋が並んでいるだけで、観光地の洞穴と変わらない印象だった。
「ここが……」
俺は口を開く。
「思ったより迫力に欠けるな」
「初心者向けですから」
エルヴィナが落ち着いた声で返す。
「五層までしかなく、魔獣も大したものは出ません。訓練には丁度よいでしょう」
そのときだった。
ダンジョンの入口付近に、既に先客のパーティが集まっているのが目に入った。
鎧を雑に着込んだリーダーと思しき男、前衛らしき戦士、軽装の弓使い、赤毛の魔法士。どこか柄の悪い雰囲気をまとった一団だ。
「おや、見ない顔だな」
リーダーと思われる男がこちらを値踏みするように睨みつける。
俺は答えずにいたが、代わりにフィリアが上品に一歩前へ出た。
「通りすがりの新参者ですわ。ご心配なく」
「ふん、貴族のお嬢様か? こんなとこで何やってやがる」
弓使いの女が鼻で笑った。
そこへ、戦士風の男が俺たちの後ろを見て目を細める。
「……おいおい、嘘だろ。そいつ……あの時の魔法士じゃねえか」
空気が一瞬にして凍りついた。
アイラは肩を震わせ、顔を強ばらせる
「お前、生きてたのかよ」
戦士が口の端を歪める。
「てっきり、あのとき魔獣に食われたもんだと思ってたぜ」
「…………」
アイラの唇からは声が出なかった。
「ははっ、なるほどな。今度はこの連中に拾われたわけか。お前らも物好きだな」
リーダーの男が嘲笑する。
「こいつは使えねえぞ? お前らも、捨て駒にして逃げるつもりなんだろ」
頭に血が上る。
思わず前に出かけたが、その瞬間フィリアが一歩進み出て、澄んだ声を響かせる。
「下卑た物言いは感心しませんわね」
フィリアの紫の瞳が、すっと鋭さを帯びた。
「わたくしたちは仲間を捨てるような真似はいたしません。――行きましょう、皆さま」
背後で笑い声が響いたが、振り返る気にはならなかった。
……
…
洞窟の手前まで来たとき、アイラがふらりと立ち止まった。
俺たちも足を止める。
「……ごめんなさい」
アイラが小さくつぶやいた。
「わたし……やっぱり怖いです。前に一度だけ、魔法士ギルドのお仕事であの人たち……宵の明星の人たちとダンジョンに入ったことがあって……」
アイラの声は震えていた。
「強い魔獣に出会ったとき、皆、わたしを置いて逃げました。わたしだけが、囮にされて……」
言葉が詰まり、喉が震える。
フィリアがそっとアイラの手を取った。
「でも、生きて戻ってきたのですわ。勇気を持って脱出したのでしょう? あなたは弱くなんてありません」
エルヴィナも低い声で続ける。
「アイラ様。あの者たちが臆病で卑怯だっただけです。仲間を見捨てるなど、騎士として恥に値する行為。あなたが責めを負う必要はありません」
俺も一歩前に出る。
「俺たちは違う。アイラを捨て駒にするなんてこと、絶対にしない。その…なんだ……家族みたいなものだろう…」
頭を搔きながら答える。
小恥ずかしいセリフの甲斐あってか、アイラは静かに顔を上げる。
金色の瞳に、涙が光っていた。
「……はい」
フィリアが嬉しそうに微笑む。
「そう……家族! ファミリーですわ! セレスティアファミリー。そう名付けたのは、伊達ではありませんわ」
アイラは唇を震わせ、そしてようやく小さく笑った。
「……ありがとうございます」
その笑みは弱々しかった。だが、前へ進もうとする意思があるようにも見えた。
そして俺たちは、洞窟の奥を見つめる。
ここに踏み入る意味は、図らずも大きなものとなった。
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