第47話 「冒険者アルヴィオ」
フィリアが「セレスティアファミリー」と高らかに宣言したあと、部屋の空気は妙な温かさに包まれた。
エルヴィナは呆れたように天井を仰ぎ、アイラは「ファミリー……」と小さく呟いて頬を赤らめている。
「気恥ずかしい名前だな」
俺がぼやくと、フィリアはすぐに身を乗り出してきた。
「恥ずかしいだなんて、とんでもない! 素晴らしい名前ですわよ。ねえ、アイラさん?」
「えっ、ええと……その……」
「ほら、アイラさんも賛成しているではありませんか!」
――いや、どう見ても困ってるだろ……
俺は心の中で突っ込む。
「では、早速登録へ行きましょう」
「……ああ」
フィリアの笑顔を見てると、そう頷くしかなかった。
そして、昼前。セレスティア商会での話し合いを終えた俺たちは、少し早めの昼食をとって早速行動に移すことにした。
「準備はよろしいですわね? では、行きましょう!」
フィリアが軽快な足取りで玄関を飛び出す。
エルヴィナが慌てて後を追い、アイラは小走りでついていく。
俺は、アクアレイジ――魔法銃を肩にかけ、後に続いた。
リアディスの冒険者ギルドは、市街の外れにひっそりと建っていた。
二階建ての木造建築。壁には年季が入り、扉はところどころ欠けている。
取引所や商会のような華やかさは一切なく、看板も色褪せて読みにくい。
「……地味だな」
思わず口をついて出た。
エルヴィナがすぐさま説明する。
「リアディスの近郊には強力な魔物が出ませんからね。稼ぎたい上位の冒険者は、みなサンクタム山脈周辺の都市に登録します。あちらは魔獣の数が桁違いで、腕に覚えのある者なら大金を得られる。ここは、言ってしまえば新米のためのギルドです」
なるほど、と俺は納得した。
つまり、ここで活動するのは小規模な冒険者か、あるいは趣味半分で魔獣を狩る程度の連中というわけだ。
「地味なのは悪くないと思いますけど……」
アイラが小さな声で呟く。
中に入ると、さらに質素さが際立った。壁には依頼書が貼られてはいるものの、内容は「家畜の護衛」「迷子探し」「畑荒らし退治」といったものばかりだ。依頼を待つ冒険者も、革鎧を着た若者や農夫上がりらしい中年が数人。賑わいはなく、ただ淡々と椅子に座って時間を潰している。
「……本当に、冒険者ギルドか?」
俺の疑問に、フィリアが答える。
「ええ、正式な組織ですわ。ただ、みなさまが思い描くような華やかさはありませんけれど」
受付カウンターに立つと、若い女性が顔を上げた。栗色の髪をまとめた、素朴な雰囲気の受付嬢だ。
「ご用件は?」
事務的な口調で尋ねてくる。
フィリアが一歩前に出た。
「わたくしたち、冒険者登録をお願いしたくて参りましたの」
「……承知しました」
受付嬢は頷き、書類を取り出す。
「では、こちらにお名前と役割をご記入ください」
フィリアは迷わずペンを取り、「セレスティアファミリー」と記入した。
横から覗いた俺は、思わず苦笑する。
「やっぱりその名前でいくのか」
「もちろんですわ! 素敵でしょう?」
……まあ、本人が満足しているならいいか。
登録の手続きは意外と簡単だった。
名前、職能を記入し、血判を押すだけ。
フィリアは堂々と「攻撃魔法士」と書き、エルヴィナも「前衛戦士」と記入。アイラは不安げに「支援魔法士」と書き込む。
もちろん、フィリアとエルヴィナは、偽名だ。
最後に俺の番だ。
「えーと……アルヴィオ・アディス。職能は……後衛、戦術指揮?」
「戦術指揮、ですか? その銃は、支援用ですか?」
受付嬢が不思議そうに首をかしげる。
「まあ、そんなところだ。直接戦うのは苦手だからな」
「わかりました。それで登録させていただきますね」
――こうして、俺たち「セレスティアファミリー」は正式に冒険者として登録された。
手続きを終えると、登録証となる小さな金属板が手渡された。アルカナプレートとは違い、単なる身分証のようなものだ。それでも、これがあればダンジョンに入る許可が得られる。
登録証を受け取った直後、フィリアが楽しげに声を弾ませる。
「これで晴れて冒険者パーティですわ! 善は急げですわ!早速、ダンジョンへ向かいましょう」
俺たちはそのまま、リアディス郊外の初心者向けダンジョンへ向かうことになった。




