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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第六章 「アキュムレーション」

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第44話 「センチメント」

 リアディス取引所の広場は、いつにも増してざわついていた。


 俺とアイラが取引を始めてから、上がる時も下がる時も見てきたが、今日のこのざわめきは尋常じゃない。群衆の声の一つひとつが、まるで熱病に浮かされたかのように高ぶっている。


「聞いたか? アズーリア帝国の間諜(かんちょう)が紛れ込んでるらしい」


「リアディスの運河を狙うだと? もし本当なら戦になるぞ」


「備蓄小麦はもう押さえといた方がいい。明日には倍値になるかもしれん!」


 商人たちが勝手な憶測を飛ばし合い、相場はそれに引きずられるように荒れ狂っていた。


 頭上に浮かぶ巨大な魔導スクリーンには、小麦の板が(あお)るように点滅している。数字が一つ動くたびにざわめきが増す。


<アルさん、小麦、また上がってます……!>


 上空のアイラが、慌ただしくリクエストリンクを維持しながら念話を飛ばしてくる。


<落ち着け。これは大衆心理の誤謬(ごびゅう)だ>


 俺は努めて冷静に返した。


 俺の手元、アルカナプレートに映る数字がじりじりと動いている。


――4.56ディム。


――4.59ディム。


 ついこの間まで3ディム程度だったことを考える異常な値上がりだ。


 市場には理屈で説明できない動きがある。恐怖や希望、噂や群衆心理が連鎖し、値を跳ね上げたり叩き落としたりする。今の小麦相場はまさにそれだ。誰も正しい裏付けを確認していない。ただ「誰かが言っていた」だけの話が、市場全体を支配している。


「こりゃあ、ひどいことになってきたな」


 後ろで腕を組んでいたリックが呟く。


「噂一つでこれだ」


「はは、アルの口から聞くと説得力があるな」


 リックは苦笑したが、その眼は笑っていない。変動率(ボラティリティ)の上昇は、相場の参加者とってそれほどまでにストレスなのだ。


「もういっちょ行ってきますかね」


そう言って、空中に戻っていくリックを見送る。


<アイラ、一度仕切りなおそう。戻ってきていいぞ>


<はい、戻ります>


 地上に戻ってきたアイラを出迎える。


 その時だった。


「聞いたか? エリーナ様の部隊が、リアディスに駐屯されるそうだ!」


「閃光姫が? 本当か!」


「ならやはり、噂は事実だったんだ……!」


 耳を疑った。俺よりも先に、アイラが小さく息を呑む。


「……お姉さまが……」


 周囲は一気に沸き立ち、取引所は蜂の巣を突いたような大混乱に陥った。


 戦場で名を轟かせる閃光姫――エリーナ・ルミナス。その部隊が前線ではなく、商都リアディスに駐屯する――この噂が真実なら、ただ事ではない。小麦の相場が再び跳ね上がる。買い一色に染まり、売りは完全に飲み込まれていた。


小麦先物が一気に跳ね上がる。


――4.89ディム。


 俺は小さく歯噛(はが)みする。


 噂に実際の軍事行動が重なれば、誰だって信じる。センチメントは現実を押し流す力になる。


「アルさん……」


 アイラの声が震えていた。


 俺は念話で<落ち着け。ここは俺がいる>と告げたが、アイラの金眼は揺れ続けていた。


 姉の名が出たことで、心の均衡が崩れたのだ。


「今日はここまでにしよう」


「……はい」


 取引所を出るとき、リアナが軽く会釈してきた。


「お疲れさまでした。また明日もお待ちしております」


 その微笑みには、職務を超えた気遣いが混じっていた。アイラの様子に気づいているのだろうか。


 商会に戻ると、フィリアが待っていた。


「市場は恐ろしいものですわね。噂ひとつで、ここまで揺さぶられるのですから」


「理屈じゃなく群衆心理で動く。……でも今日はそれだけじゃない」


 俺は視線をアイラに向けた。


 アイラは肩を落とし、小さくつぶやいた。


「……姉が、エリーナお姉様が来るんですね」


 フィリアの紫の瞳がわずかに揺れる。


「閃光姫。王国最強とまで謳われる方」


 アイラは唇を噛みしめた。


「エリーナ姉様は……ルミナス家の誇りです。わたしは、その影にいるだけ。……でも、こうしてアルさんと一緒に取引をして……」


 言葉が途切れる。目には動揺が映る。


「アイラ」


 俺はゆっくりと言葉を選んだ。


「俺たちの取引は、アイラがいるから成り立っている。姉が誰だろうと関係ない。アイラはここに立っている」


 フィリアもまた、柔らかく微笑んだ。


「そうですわ、アイラ。誇りは血筋に宿るものではなく、自らの選択に宿るもの。あなたはもう歩みを始めているのです」


 アイラの肩が小さく震え、やがて息を吐いた。


「……はい」


 その声はまだ弱々しいが、確かに前を向いていた。



◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 【資産合計】1,444,464ディム

 【負債合計】0ディム

 【純資産】1,444,464ディム

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