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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第六章 「アキュムレーション」

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第42話 「新皇帝」

~憲章暦997年3月22日(星の日)~


 アズーリアの新皇帝ルキウス。


 取引所では、その名前を耳にする機会が増えた。


 混乱が続くかに見えた帝国だったが、ふたを開けてみれば驚くほど治世は順調だという。各地の反乱は鎮圧され、権力闘争も収まり、国民が新皇帝のもとでまとまり始めているらしい。


「どうやら混乱は、思ったより長引かなかったな」


「新皇帝は若いが軍を抑え込んでいる。統治の腕は確かだ」


 投資家たちは口々にそう語り、互いに頷きあっていた。混乱は続くはずだ、というのが市場の共通認識だったのに、いつの間にか()()()()()()という空気が広がっている。市場とはかくも移ろいやすいものだ。


 彼らは揃って、クーデター関連銘柄を売りに回っていた。リアディス取引所の広場では、無数の魔法陣が展開され、魔法士たちが次々とトークンコアに注文を飛ばしている。


「中央刀剣開発、成行売りだ!」


 そんな声とともに、魔力の光が宙を走り、トークンコアが応じる。


 俺はその光景を、冷静に眺めていた。群衆が一斉に同じ方向に動くとき、そこに大きな歪みが生まれる。前世でも何度も見た光景だ。その瞬間こそが仕込みの好機だ。


「アルさん……ほんとうに、いいんですか?」


 隣で控えめな声をあげたのはアイラだ。金色の瞳が、不安げに俺を見上げていた。


「みんな売ってるのに、わたしたちだけ買って……」


「心配するな」


 俺は短く答える。


「混乱はいつか収まる。だが、大多数の投資家が安心したときには、次の火種がくすぶっている」


「でも……」


 アイラの不安も無理はない。群衆の動きに乗るのが安全だと思うのだろう。だが、俺は逆だ。


「心配ない。リクエストリンク、中央刀剣開発株、板を」


 俺は落ち着いた声で指示する。


「わかりました。出しますね。結べ、リクエストリンク」


 アイラが魔法を展開すると、アルカナプレートから気配値が浮かび上がった。


 売り一色。値が一段、二段と下がっていく。


「アイラ、発注準備を頼む」


「わかりました」


 アイラは、返事するとゆっくりと魔力場に乗って浮遊していく。


<準備できました>


<中央刀剣開発、買い。5000株、指値53.1ディムで頼む>


 俺は淡々と告げる。


<了解です>


 すぐに両手を広げ、魔法陣を素早く展開した。アイラの起動速度は相変わらず驚異的だ。


 次々とオーダーフォームがトークンコアに吸い込まれ、俺の指示した銘柄の買いが成立していく。


 周囲では「まだ売れるぞ!」と声が飛んでいた。


 だが俺は一つのことに注目していた。


――小麦の値段が下がっていない。


 アズーリアの混乱が収束するなら、食糧価格は安定し輸送も回復するはずだ。ならば、真っ先に下落するのは小麦の相場だ。けれど、板を眺めても、小麦は依然として高止まりしている。むしろわずかに買い圧力すら強まっていた。


――誰かが意図的に支えているのか……それとも、まだ見えない不安があるのか


 そんな疑念が胸をよぎる。


 その日の取引を終えた俺は、アイラと共にヴァース商会を訪れた。


 重厚な扉を押し開ける。


「やあ、少年。こんな時間に顔を見せるなんて、珍しいじゃないか」


 レイラは、相変わらずの笑みで迎えてくれた。赤い髪を揺らし、シックな椅子に腰をかけている姿は、女傑という言葉がよく似合う。


「少し聞きたいことがあるんです」


「聞きたいこと、ね。どうせ相場の裏で何が動いてるか、ってところだろ?」


 図星を突かれて肩をすくめる。


 レイラは笑い声を立て、アイラを一瞥(いちべつ)した。


「そうかい。……で、そっちの嬢ちゃんは元気にしてるか?」


「えっ、わたしですか?」


 アイラは突然話を振られて、慌てて姿勢を正した。


「疲れさせすぎてないだろうね、少年?」


 横に座るアイラが慌てて首を振った。


「だ、大丈夫です! アルさんは、ちゃんと休ませてくれてますから!」


「ふふ、ならいいけどね」


 少し雑談を交わしたあと、俺は本題を切り出す。


「最近、何か大きな動きはありますか?」


 レイラは顎に手を当て、目を細める。


 少しだけ声を落として話始めた。


「近いうちに、軍の再編があるらしい。レオリア王国内部でな」


「軍の再編?」


「ああ。表向きは人事整理だが、裏ではアズーリアに備えた動きだと(ささや)かれている。……まあ、噂話の域を出ないがね」


 その言葉に、俺は胸の奥で何かが繋がる感覚を覚えた。小麦相場の妙な粘り。アズーリアの安定。軍の再編。――何か大きな潮流が動いている。


 話を終えて商会を出ようとした時だった。


 狼耳を持つ黒髪の女が姿を現した。


「ミラ」


 レイラの片腕であり、情報屋――ミラ・ノアールだ。


「また君か。……いいところに来た」


「ふふ、呼ばれて飛び出すようじゃ情報屋失格だろう?」


「軍の再編について、あんたは何か掴んでるのか?」


 レイラが問うと、ミラはニヤリと笑った。


「噂じゃ南部国境の駐屯地から部隊を引き抜いて、リアディス周辺に回すらしい。サヴェナリア国との国境よりも、こっちを重視するってことだね」


「なるほど……。国境警備を緩めてまで、リアディスを固めるのか」


「それだけ、ここで何かが起こるってことさ。帝国の要求に備える……いや、それだけじゃない気もするね」


 狼耳がぴくりと動き、赤い瞳が俺を捉えた。


「君はどう思う?」


「……まだ断定はできない。だが、この動きと小麦の値動きは、きっとどこかでつながっている」


 俺の答えに、ミラは満足そうに目を細めた。


 レイラは大きく息をついて、椅子に深くもたれる。


「まったく、厄介な時代だねぇ」


 帰り際、俺はミラに一つの依頼を持ちかけた。その場では具体的な内容を口にしない。ただ「報酬は十分に払う」とだけ伝える。後日、打ち合わせを行うことを約束しヴァース商会を離れた。


 帰路。大きな広場が見えてくる。人だかりができており、群衆がざわめいている。号外を配る新聞売りが、声を張り上げていた。


「号外だ! 号外! アズーリア帝国、ティラナ島の領土割譲をレオリア王国に要求!」


 紙面に躍るその文字を目にした瞬間、広場の空気が凍りついた。隣でアイラが息を呑む。


 俺は静かに号外を折りたたみ、空を仰いだ。


――やはり、まだなにかある。


 小麦相場が示していた違和感。その答えが、いま目の前に突きつけられた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 【資産合計】1,424,435ディム

 【負債合計】0ディム

 【純資産】1,424,435ディム

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

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