第38話 「コミュニケーション」
フィリアの視線は、アイラへ向いていた。
「その魔法…」
フィリアも恐らくは優秀な魔法士だ。アイラの魔力の質が通常のものとは異なることに気づいたのだろう。
「そうですわね…あなたが…」
そう言うと一瞬いたずらっぽい笑みを浮かべる。刹那、表情を元に戻して言葉を続ける。
「あなたが、わたくしを追ってきた理由は簡単に察しがつきます」
「だったら…」
「リーリアを……」
俺は堪えきれずに言葉を吐き出した。
「金なら用意する。いくらでも払う。だから……リーリアを返してほしい」
フィリアは目を細め、俺の言葉を静かに受け止めるように聞いていた。
短くも重い沈黙が降りた。そして――。
「……いいえ。お金ではお譲りできません」
その言葉は鋭く、俺の胸を貫いた。
「……なっ……」
フィリアは穏やかな微笑みを浮かべながらも、その瞳は鋭く俺の覚悟を試すかのように光っていた。
俺の沈黙を見て取ったフィリアは、優雅な所作で振り返る。フィリアの視線の先にはリアディスのシンボルである取引所の尖塔がある。
しばしの後、フィリアはこちらに向き直り、真剣な瞳で俺を見つめた。
「アルヴィオ、わたくしのものになりなさい」
唐突なその言葉に、俺は思わず息を呑んだ。そして隣にいたアイラがぴくりと肩を震わせ、驚きに目を丸くした。
「ま、待ってください……それは、どういうことですか?」
アイラが戸惑いを隠せずに声を漏らす。
「そのままの意味ですわ」
フィリアは静かに手を差し出す。
「アルヴィオ、あなたとアイラ。あなた方には、わたくしの『セレスティア商会』で働いてもらたいと考えております。それがリーリアさんをお返しする条件ですわ」
「セレスティア商会…?」
俺は思わず問い返す。
確かに商人たちの間では聞いたことのある名前だったが、中堅どころの地味な商会だと認識していた。
「わたくし、リアディスではフィナ・セレスティアと名前を名乗っておりますの。セレスティア商会代表のフィナ・セレスティアですわ」
フィリアの瞳は揺らがない。「そうですわね」と言い言葉を続ける。
「わたくしは魔力の才能を持ちながら不遇な者たちを保護していますの。奴隷として売られた者たちの中には、確かな素質を持つ者もいますわ」
「リーリアも…保護対象というわけか?」
「ええ。彼女はまだ自覚していませんが、しっかりとした魔法の才を持っていますわ。あの子は商会の庇護下で、きちんと魔法を学び、将来は自分自身の意思で道を選べるようにさせるべき、わたくしはそう考えておりますの」
「そのためには、資金が必要ですの。そのためにセレスティア商会は商売をしてその資金を捻出しております。もちろん取引所…での取引もそのひとつですわ」
話題が取引所の話に及んだ瞬間だけ、ほんのわずかにフィリアの目が泳いだ気がしたが、フィリアは続ける。
「だからこそ、あなた方のお力が必要ですわ」
フィリアの口調には一切の迷いがなかった。
俺はアイラと目を合わせた。アイラの表情もまた、困惑していた。
フィリアの言う通りなら、このままリーリアをフィリアに任せても悪いようにはならない。
複雑な感情が広がる。
――だが、このままフィリアを信じていいのだろうか?
俺の中にはまだわずかな不安が残っていた。フィリアの秘密を知った俺たちはどうなる?
エルヴィナが獣のような目で俺たちを見ている。いや、視線はアイラに向いているようにも見える。
――殺されるか?
「……フィリア。もし俺たちが断ったら、その秘密を知った俺たちはどうなる?ここで始末するか?」
フィリアは意外そうにわずかに目を丸くし、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「秘密を守っていただけるのであれば、お二人をどうこうするつもりはございませんわ。自由にしてくださって構いません」
その言葉に、俺の胸の中の不安はゆっくりと溶けていった。
「……わかった。だったら俺はあんたを信じてみる。だがアイラは別だ。俺はセレスティア商会で働く。アイラの意思は本人が決めるべきだ」
俺はアイラの方に視線を向けた。
「アイラ……どうする?」
アイラは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「わたしも行きます。アルさんが行くなら、わたしも一緒に行きます」
フィリアが静かに頷く。
「それと3年間だけだ。3年後には俺とアイラはセレスティア商会を離れる。それが飲めるなら契約しよう」
フィリアはほんのわずか考えた後、にこやかに応じた。
「ええ、それで構いませんわ」
俺はアイラの方を見た。
「アイラ……いいか?」
アイラは、しっかりとうなずいた。
「はい、行きましょう」
こうして俺たちは、フィリアのもとで働く決意を固めた。
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【資産合計】1,013,122ディム
【負債合計】0ディム
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