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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第五章 「モーニングスター」

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第37話 「インタラクション」

 リアディス南区の裏路地は、昼間でも入りづらい雰囲気を漂わせているが、夜ともなればまるで迷宮だ。


 街灯はほとんどなく、建物と建物の隙間を縫うように伸びる路地は、人の気配を拒むかのような冷たさに満ちている。


 フードの女は、時折立ち止まり、周囲を見渡していた。だが、幸いこちらには気づいていないようだ。


 俺は身を壁に寄せ、息を潜めながら彼女の動きを追う。


 頭の中が様々思考ぐるぐると回っている。血が逆流するような感覚とともに、掌がじんわりと汗ばむ。


 薄暗い路地の曲がり角で、フードの女が姿を消した。


――まずい……


 駆け出したい衝動を抑え、慎重に角を曲がる。


 まだ諦めるには早い。


 ここで見失えば、もう二度とリーリアを取り戻す機会は訪れないかもしれない。あの女の背を捉えるたび、わずかに安堵する。


 しかしそのたびにさらに奥へ、さらに闇の深い路地へと足を踏み入れる。どこまで行くのか。なぜ、こんな裏通りを選ぶ?問いは浮かんでも、答えを考えている余裕はなかった。


 一歩でも、近づく。それだけが、今の俺にできる唯一の行動だ。


――リーリア……


 胸の奥で名前を呼ぶ。


 必ず、取り戻す。


 だが、次の角を曲がったそのとき、俺の前に立ち塞がる影があった。


 裏路地の奥――。石畳の先に、フードの女の姿はなかった。


 代わりに、通路を塞ぐように立つ一人の女がいた。


 そこにいたのは、見るからに只者ではない、漆黒の装束を纏った女性。隠す気もない両脇の剣。無機質な表情が、こちらを見下ろしている。


 反射的に後退し、距離を取る。恐らくは、あのフードの女の関係者だろう。


 息を呑む間もなく、女が地を蹴った。跳びかかってきたその一瞬を、俺はまるで幻を見ているかのように感じていた。


 黒い影が、空気を切り裂いて迫る。その動きには、躊躇が存在しなかった。


 女の姿がぶれ、分身のように複数に見える。


 視線を置いた瞬間には、すでに別の場所にいた。


 人間離れした挙動に理解が追い付かない。


 地面の小石が跳ね、衣服が風を裂き、鋭い殺気が肌を切る。


 思わず息を止める。


 反射的に、手を上げ防御姿勢をとる。


「待ってくれ。話が——」


 言葉の最後は、風の音に掻き消された。


 目の前に現れたと思った瞬間、腹部に鋭い衝撃を受ける。


 呼吸が止まり、視界が揺れた。次の瞬間には背中が壁に叩きつけられていた。


 喉の奥が焼けつくように痛む。


 何が……今の、動き——


 立て直す暇もなく、女の膝が腹部に食い込む。


 胃の奥から吐き気が込み上げ、膝が抜けた。


 視界が揺れ、血の気が引いていく。


 息が、できない…。


 意識が遠のく前に、必死で声を振り絞った。


「俺は、ただ……っ、リーリアを——」


 返答は、踵での蹴りだった。


 視界が滲む。地面が、斜めに揺れて見える。口の中に鉄の味する。


 血にまみれた手で、壁を掴みながら身体を起こす。


「交渉……させろ」


 自分でも驚くほど掠れた声。


 それでも、女は止まらない。


 無言のまま、再び構えを取る。


 その動作には一切の迷いがない。


 殺す気だ、と直感した。


 女の体が回転し、こちらの側頭部を刈り取るように踵が振るわれた。


 避けられないと悟った瞬間、腕で受ける。


 だが、骨が軋み、肩が外れそうになる。


「ぐっ……!」


 膝をつく。足元に、血が滴る。


 女がゆっくりと、近づいてくる。


 その右手には、鋭く光る短剣。


――やられる。


 だが、次の瞬間、背後から静かな声が響いた。


「もういいわ、エルヴィナ。下がって」


 フードの女が、いつの間にか俺たちの間に歩み寄っていた。


 フードの端がふわりと揺れ、月明かりの下でその顔が露わになる。


 金髪に紫の瞳。記憶にあるその顔は、あの夕暮れの草原で俺を救った少女だった。


「……フィリア・アリスタル」


 思わず、その名を口にする。


 俺の口から零れた言葉に、女――フィリアは一瞬だけ目を見開いた。


「……覚えていてくれたのね。嬉しいわ、アルヴィオ」


 柔らかく微笑むフィリアの声に、エルヴィナと呼ばれた護衛が驚いたように振り返る。


「お嬢様……? この男と面識が?」


「ええ、少しだけ。以前、旅の途中でね」


 その返答に、エルヴィナは顔をしかめた。


「ならばなおさら、ここで始末すべきです。正体を知られたまま生かしておくなど――」


「エルヴィナ」


 フィリアは横目でエルヴィナに視線をやり、静かに首を振った。


「……失礼いたしました」


 エルヴィナはなおも俺を警戒しているようだったが、主の言葉に渋々剣を収めた。


 フィリアは軽く頷き、俺の前に立った。


「紹介が遅れたわね。彼女はエルヴィナ・クローデル。私に仕える忠実な護衛兼メイドよ。ちょっと、忠義が過ぎるところがあるけれど……」


「それで、アルヴィオ。こんな場所で再会するなんて思わなかったわ。ここで何をしていたかしら?」


「俺は…」


 俺が説明のために口を開こうとした瞬間、エルヴィナが再び一歩前に出てその視線をフィリアに向けた。


「この男は、競売会館からずっとお嬢様を付け回していました。今すぐ処分すべきです」


「エルヴィナ、あなたはすこし黙っていなさい」


 フィリアはすこし呆れ気味に、エルヴィナを制す。


「……承知しました」


 護衛は悔しげに唇を噛みしめつつも、主の命に従ってその場に控えた。


 その瞬間、走り寄ってくる足音が聞こえた。


「アルさんっ!」


 聞きなれた声の主が、駆け寄ってくる。


 俺の血に染まった服を見た途端、アイラの瞳に怒りが灯る。


「なにがあったんですか? あなたたちがやったの?」


 珍しく語気を強め、フィリアとエルヴィナを睨みつけるアイラの気配に、思わず空気が張り詰める。


「アイラ、落ち着け――」


「はい、えっと…」


 アイラは、ハッとした表情を浮かべてこちらを見る。


「アルさん、その傷の治療をします。すこしディムを使わせていただいてもいいですか?」


「ああ、頼む」


 アイラは、俺の返事を聞くとすぐさま魔法陣の展開を始めた。


「癒しを、エクストラヒール」


 優しい詠唱と共に術式が浮かび上がる。


 淡く煌めく光が放たれ、俺の身体を包み込む。


 深く抉られた痛みがみるみるうちに引いていき、呼吸が楽になる。


「助かった、アイラ……」


「アルさんが……ほんとに……無事でよかった……」


 アイラは肩を震わせ、小さく息を吐いた。怒りの気配が、安堵に変わっていくのがわかった。


 一方で、フィリアがじっと俺たちを見つめていた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 【資産合計】1,013,122ディム

 【負債合計】0ディム

 【純資産】1,013,122ディム

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