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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第五章 「モーニングスター」

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第36話 「コンペティション」

「50万ディム」


 張り詰めた空気の中で、女の声が響いた瞬間、場内がざわついた。


 ここまで静かに進行していた競りは、突然火が点いたように加熱し始めた。


 これまで応札していた数名の商人たちは、互いに顔を見合わせ、動揺を隠せない。

 

 何かが、今までと違う。


 俺は椅子に座ったまま、フードを深くかぶった女に視線を向ける。


 薄暗い照明の下、彼女の顔は伺えない。


 まるで最初から、この局面を待っていたかのような、沈着冷静な姿。


「55万!」


 俺の声も、また場に響いた。張り合うように、強く、明瞭に。この場を支配する者は、俺でなければならない。


 女は一言も発さず、ただ指を一本、静かに掲げた。それだけで、場の熱気はさらに上昇する。


「60万ディム」


 付き人の女の声が響く。フード女の代理として入札額を読み上げているのだろう。


 なんなんだ、こいつは。


 言葉一つない分、得体の知れなさが際立つ。


 俺の隣では、アイラが小さく息を飲んでいる。


「アルさん…」


 アイラが声をかけようとした瞬間、俺は首を小さく横に振った。


 その一瞬の動作に、すべての決意を込める。


 前だけを見ている。舞台上の、鉄格子の中に座らされているリーリア。目は伏せられているが、その肩は微かに震えていた。


 羞恥か、恐怖か、それとも——絶望か。


 助ける。必ず、俺の手で。


「70万!」


 周囲の観客がどよめく。もはやこの応酬は異常だと、誰もが理解していた。


「71万ディムだ」


「72万でたのむ」


「73万だ!」


 他の参加者の応札が続く。


「80万ディム」


 女の付き人の声が響く。応酬は続く。金額は一気に80万台に乗り、次々と競売参加者たち脱落していく。もう、残っているのは俺と、あの女だけ。


 熱気と緊張、そして異様な静寂が混ざり合う。


 誰もが、次の言葉を待っている。


「83万!」


 俺の声が響く。


 女の無言の仕草に呼応して、付き人の女性が金額を告げる。冷徹で整った声だ。


「90万ディム」


「95万!」


 俺の声が震える。……いや、そんなはずはない。だが、手のひらは汗で濡れている。


 アルカナプレートの残高が脳裏をかすめる。足元の床板が軋む音すら気に障るほど、神経が研ぎ澄まされていた。


 あと数万……限界は、近い。


 次の瞬間、女が静かに手を挙げた。


「百万ディム」


 場内に走る、爆ぜるような衝撃。この場の誰もが、呆然としていた。この金額が、奴隷取引の慣例を遥かに超えていることを。誰が、何のために、そこまで支払うのか。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 そして、最後のカードを取り出す。


 俺が今、持てるすべて。


「101万!」


 限界の数字。だが、届くと信じていた。


 あの女が、常識の範囲内にいる存在ならば——。


 しかし、女は、動揺する様子もなく、ただ右手の人差し指を、もう一度、わずかに持ち上げた。


「105万ディム」


 終わった——。


 俺の心に、乾いた風が吹いた。


 アルカナプレートを握る指に、力が入らない。


 張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた感覚。


 執行役の男が、数秒の沈黙の後、ゆっくりと宣言した。


「105万ディム、他にいらっしゃいませんか……? ……落札者、決定!」


 会場の灯がわずかに落ちる。熱気が一気に引いていく。舞台の鉄格子が音を立てて開き、リーリアは二人の男に連れられて奥へと引き下げられていく。


 俺は立ち上がれなかった。


 視界が滲み、何も見えなかった。


 この場にいたことすら、夢だったような錯覚に襲われる。


「アルさん……」


 アイラの手が、そっと俺の手に触れた。


 落札の声が響いた直後、俺の思考は停止した。


 あまりにもあっけなかった。


 手元のアルカナプレートの残高はなぜかひとつも減っていない。


 十分なディムを用意していたはずだ。


 だが、それでも届かなかった。最後の一声で、誰かにさらわれるように、リーリアは他人のものとして売却された。


 オークションが終わり、会場のざわつきだけが遠くで波のように押し寄せていた。俺は席を立つこともできず、ただ呆然とその場に座り込んでいた。


 越えられない壁を突きつけられた。どれだけ準備しても、どれだけうまくやっても、どうにもならない現実があるのだと、身をもって知らされた。


 震える手を無理やり握りしめて、ようやく立ち上がる。だが、足は重く、視線は床から動かなかった。


 そのときだった。


 アイラが、何も言わずに俺の隣に立った。


 ただ、それだけだった。


 慰めの言葉も、怒りも、涙もなかった。


 ただ、沈黙のまま、ぴたりと。


 責められていないことに、逆に胸が痛む。


 アイラが俺を信じていたのを、痛いほど知っているから。


「……ありがとう」


 絞り出すように、ようやく出たその一言。返事はなかった。


 それでもいい。


 視線を上げる。壇上には、リーリアの姿はもうない。だが、観覧席の一角、出口へ向かって歩く小柄なフードの女が目に入る。


――あれは、間違いない。


 迷っている暇はない。ほんの数秒の躊躇が、すべてを失わせる。


「まだ……終わってない」


 声にならない声で、己の中の諦めを押し殺すように呟いた。


 感情の波が胸を締めつける中、それでも足は自然と前へと踏み出していた。


 まるでないかに引き寄せられるかのように、無意識に。


 一歩、また一歩。小柄なその背を見失わぬよう、視線を定める。


 人の波に飲まれかけながらも、俺の歩幅は決して止まらない。


 そのすぐ後ろを、アイラが無言で並んで歩いていた。


 その存在が、何より心強かった。


 言葉ではなく、ただその沈黙と気配が、俺の決意を固めてくれる。


 人混みをかき分け、姿を追う。あの女は、リーリアにつながる唯一の手掛かりだ。


 オークション会場を出た瞬間、空気が一変する。


 内装が煌びやかだった会場とは違い、リアディス南区の夜は、喧騒の熱気が霧散していくような静けさに包まれていた。


 俺は、フードの女が会場の出口を抜けていくのを確認すると、すぐさまその背を追った。距離を取りながら、姿を見失わぬよう、石畳を踏む足音を抑える。


「アルさん……行って」


 振り返ると、アイラが小さく頷いていた。


「わたしが一緒にいたら、足を引っ張るかもしれません……。お願いです、リーリアさんを」


 一瞬、言葉を返しかけたが、俺は頷きだけで応えた。


 まだ終わっていない。まだ、希望は――微かにでも、そこにある。直接、あの女と交渉できれば…


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 【資産合計】1,013,432ディム

 【負債合計】0ディム

 【純資産】1,013,432ディム

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

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