Intermission 4 「ある奴隷商の憂鬱」
リアディス南区の裏通り、その奥まった一角にある二階建ての建物。外観は質素だが、内側に足を踏み入れれば、手入れの行き届いた大理石の床と、壁に掛けられた絵画や装飾品が目を引く。ここが奴隷商人アンドレの事務所だ。
その夜、アンドレは執務机の脇に置かれた革張りの椅子に腰を下ろし、琥珀色の酒を満たしたグラスを軽く揺らしていた。
「今回も、悪くない」
低く呟くと、口元がわずかに緩む。今回のキャラバンで仕入れたばかりのとっておきが、確実に高値で売れると踏んでいるからだ。仕入れための下準備には少々骨が折れたが、金儲けには必要な手間だ。
仕入れの確度を高める――それは商売における最大の原則である。アンドレは、懐の奥に忍ばせたある魔道具を思い出し、口の端をゆがめた。見た目はありふれた指輪だが、その力は、凡百の商人が到底得られない情報をもたらしてくれる。
と、そこで扉を叩く音が響いた。
この時間に訪ねてくる者など、限られている。アンドレの表情から笑みが消えた。
「……入れ」
返事と同時に、扉が静かに開き、常夏のリアディスには似つかわしくない黒い外套をまとった長身の男が部屋に入ってきた。フードは深く被られ、その顔の大半は影に隠れている。
「こんばんは、アンドレさん」
低く抑えられた声が、妙に耳に残る。
「ああ、あんたか」
「ええ、本日はあれの使用料をいただきに参りました」
アンドレの眉がわずかに動く。
「またか。この間払ったばかりだ」
「ええ、ですが、この道具のおかげであなたは大層な儲けを手にしている。相応の対価をお支払いいただくのは当然でしょう」
男の口調はあくまで穏やかだが、その背後にある組織の影が、アンドレの胸中を冷やす。
アンドレは机の引き出しを開け、布袋を二つ取り出した。中には、魔力石がぎっしりと詰まっている。机に置かれた瞬間、硬質な音が部屋に響いた。
「これで全部だ。……満足か」
男は袋を手に取り、軽く重さを確かめると、口の端に笑みを浮かべた。
「ええ、結構。お互い、儲けていきましょう」
その言葉に、アンドレは内心で舌打ちした。
男はそれ以上何も言わず、扉の向こうへと消えていった。
アンドレは、グラスの底に残った酒を一気にあおり、乾いた音を立てて机に置く。
「クソッ!」
その声は、誰にも聞かれることなく、夜の闇に溶けていく。窓の外、リアディスの灯りは瞬いていた。その光は、富と権力が渦巻く街の心臓部――そして、アンドレさえまだ足を踏み入れられない領域を、冷ややかに照らしていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
2人の困難と復活、さらなる飛躍を書いた4章はこの回でおしまいです。魔導トレード編も佳境になってきました。引き続きお楽しみください。
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