第30話 「ホップ」
~憲章暦997年1月20日(火の日)~
俺は机に広げた書類と、アルカナプレートから浮かぶデータを交互に見つめていた。
今日から、本格的に取引へ復帰するためだ。
アイラの魔力供給の仕組みは、昨日の検証で概ね確立した。
アクアレイジの魔力回路を移植し、アルカナプレートを通してアイラに魔力を流す。
その結果、アイラは再び魔法を扱えるようになり、俺たちはまた取引の場に立つことができる。
でも、あくまで可能になったというだけだ。本当に通用するのか、それを確かめるのは今日だ。
俺は机の上に置いていたアルカナプレートを手に取り、しっかりと握りしめた。
今日から本格的に取引を再開する。
しかも、いきなり本番だ。この勝負に、俺たちの全てがかかっている。
「アイラ、そろそろ出発するぞ」
背後から声をかけると、アイラが振り向く。少し緊張の色が見えるが、体調はすっかり戻ったようだ。
「はい。準備万端です!行きましょう!」
言葉に力を込めようとする気持ちが伝わってくる。
アイラには無理をさせたくない。
だけど、時間はない。奴隷オークションまで、残された時間は僅かだ。
俺たちは、街の中心――トークンコアのある取引所へと向かった。
リアディスの街は朝から賑やかで、行き交う人々の声や商人の呼び込みが耳に入る。
この街の空気は、金の匂いに満ちている。
取引所に着くと、トークンコア前の広場は、すでに熱気に包まれていた。
アイラは、その光景をじっと見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「アルさん、始めましょう」
「……ああ」
アイラの体が、トークンコアの魔力場をしっかりと掴んで浮遊していく。
取引開始の数秒前、トークンコア周囲は一瞬の静寂に包まれる。
カンカンカンカン!!!
取引開始のベルがけたたましく鳴る。
<アイラ!リクエスト・リンク、展開、深緑商会同盟の株価推移を見せてくれ!>
<はい!>
アイラの周囲に淡い光が広がり、魔法陣が浮かび上がった。
トークンコアとの接続は、問題なく完了した。
アルカナプレートの残高を確認する。概ね、昨日の実験通りのディムの消費量だ。
<アイラ、注文だ!深緑同盟を成行で100株買いを頼む>
<はい!オーダーフォーム行きます!>
再び、アイラの周囲に淡い光が走り、魔法陣が展開される。
<深緑商会同盟、19.5ディムで100株できました!>
<ありがとう!確認する>
アルカナプレートを確認する。確かに出来ている。約定代金を差し引いた魔法使用に伴うディムの消費量も問題ない。
――これならいける。
俺は内心で安堵する。
アイラの動きはまだ硬さが残っていたが、一つ一つ丁寧に魔法を使いこなしていた。
その姿を見ながら、俺は心の中で問いかける。
――本当に、これで良かったのか?
アイラを取引所に連れてきて、戦わせることが。
<……アルさん、次の注文を>
アイラの声が俺を現実に引き戻す。
俺は黙って頷き、次の指示を送った。
時間が経つにつれて、アイラは、すこしずつ感を取り戻していった。
魔法の発動速度も上がり、次々と注文が処理されていく。
その様子を見て、俺の胸には新たな感情が湧き上がってきた。
そんな時だった。冒険者関連銘柄の価格に急激な変動が起きた。
――センチネル王国のダンジョンに新たな巨大階層が発見された。
――需給が崩れる。
――相場が荒れる。
今までのように、慎重に取引している場合じゃない。
俺はすぐさま指示を飛ばした。
<今だ、アイラ! 一気に仕掛けるぞ!>
<はい!>
アイラの返事は力強かった。
<順番に行くぞ>
俺は、瞬時に関連銘柄を思い浮かべる。
【トークンコア登録番号01414】冒険者クラン 岩窟の玄翁
【トークンコア登録番号06861】冒険者クラン サンクタム同盟
【トークンコア登録番号06773】冒険者クラン センチネル冒険者組合
【トークンコア登録番号02768】ツヴァイ商会
【トークンコア登録番号09308】アルカ魔法船
【トークンコア登録番号08361】前線銀行
とりあえずこのニュースで動く銘柄を列挙する。特に冒険者クランの銘柄は、初動で素早く買う必要がある。
<今だ、アイラ! 一気に仕掛けるぞ!>
< 岩窟の玄翁、サンクタム同盟、センチネル冒険者組合をそれぞれ700株、300株、400株ずつ成行で買ってくれ>
<はいっ!わかりました!>
アイラの返事は力強かった。
アイラの周囲に、幾重もの魔法陣が展開される。
流れを読む。初動で直接的に関連する銘柄が反応したあとは、間接的に恩恵を受ける銘柄に物色が向くのが相場の常だ。
<アイラ、ツヴァイ商会、アルカ魔法船、前線銀行の推移を教えてくれ>
<今行きます!>
アルカナプレートに次々と情報が表示される。最初に買った銘柄のケアをしながら次々と売買を繰り返す。
6件、8件、10件――注文は次々に処理され、俺たちは相場の波に乗っていく。
「こんな発注速度……信じられません……」
背後から、リアナの声が聞こえた。リアナは驚きの表情で、俺たちの取引を見守っていた。
周囲の魔法士たちも、目を見張りながら俺たちの様子を注視している。
俺は、そんな視線を気にせず、ただ前を見据えていた。
この力を、無駄にはしない。
もっと効率的に、もっと早く。
アイラの速さを活かすには、俺の判断速度すら足かせになる。
――もし、定型の注文を魔法で自動化できたら
俺の頭の中で、新たな戦略が形を成し始めていた。
魔導プログラム売買――それが、俺たちの次の武器になるはずだ。
取引を終えた俺たちは、取引所のホールで手続きをする。
アルカナプレートには、想定を大きく上回る利益が記録されていた。
このままいけば、間に合う。俺たちは、リーリアを救い出せる。
「アイラ、ありがとう」
「……まだまだです。でも、私、もっと頑張ります」
「でも、無理はするなよ」
そう言うと、アイラはやさしい笑顔で頷いた。
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【資産合計】277,156ディム
【負債合計】78,677ディム
【純資産】198,479ディム
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