第27話 「役目」
「レイラさん、どうすればアイラに魔力を供給できますか? 方法を知ってるなら教えてください」
俺はレイラに向かって、躊躇なく問いをぶつけた。
「少年。焦っても仕方ない」
「焦ってるわけじゃありません。今、必要なだけです」
俺の返答に、レイラはふっと息を漏らす。
「結論から言うと、今のあたしにも確かな答えは出せない。けど……ひとつだけ、可能性の高いものがある」
レイラは腰を上げ、部屋の片隅に置かれた棚へと向かう。レイラが、棚の引き出しから取り出したものに見覚えがあった。
「これは……アクアレイジ?」
「いや、これは、フラマレイジだ。クロエが置いていった魔法銃の1本だ。こいつも、アクアレイジ同様、トークンコアから魔力を引き出す魔術回路がある。厳密には、少年、君のような能力を持つ者を通してトークンコアから供給される魔力を制御する魔術回路だ」
「俺以外にもこの能力を持った人間がいるんですか? 」
「いや……少年、君だけだ」
「それはどういう?」
「それよりもだ。この銃の構造を応用できるかもしれないということだ」
レイラは無理やり話を戻す。それに合わせて俺は話を進める。
「つまり、アイラにアクアレイジやこのフラマレイジと同じような魔力供給回路を設ければ、魔法を再び扱える可能性がある……ってことですか?」
「理屈の上では……そうなる」
「それは、いろいろ試す必要がありそうですね」
レイラは興味深そうに目を細める。
「そうさね。けど、少年……それを本当にやる気なのかい?」
「どういう意味ですか?」
レイラは赤色に輝くフラマレイジをそっと机に置き、俺をじっと見据えた。
「やろうとしてることの意味を、ちゃんと考えることだ」
「意味……?」
「そう。仮にうまくいったとして、少年から魔力を渡せるなら、アイラ君は魔法を使える。でも、それは少年だからできること。もっと言えば、少年だけができることだ」
レイラの声に、どこか警鐘のような重さが宿っていた。
「つまりあの子は、少年がいなければ魔法を使えない体になる。魔法士として、誰かに依存しなければ立てない存在になる」
その一言が、胸に深く刺さった。
「わかってます。だけど、魔法を失ったままじゃ、アイラは……」
「それだけじゃない」
レイラは続ける。
「この仕組みは、下手をすればあの子を道具のように扱うことになる。魔法を発動する装置、便利なパートナー……そうやって、少年はあの子を利用しようとしてないか?」
言い返せなかった。
たしかに俺は、アイラの魔力を回復させたいと思っていた。
でも、それは俺がアイラに魔法を取り戻させたいという欲望であって、アイラ自身の意思を……聞いたわけじゃない。
レイラはそんな俺の沈黙を見透かしたように、静かに言葉を継いだ。
「あの子が、少年の支えになってるのは、取引のためだけじゃないはずだろ?」
俺はゆっくりとうなずいた。
アイラの姿が目に浮かぶ。
眠っているその姿は、まるで壊れ物のように繊細で、触れれば砕けてしまいそうだった。
俺はまた、アイラを魔法を使う手段として扱おうとしているのか?
「……行ってきます。アイラに会って、話をします。どうするかは、アイラ自身が決めるべきだ」
レイラは口元を緩め、やれやれと肩をすくめた。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
ヴァース商会を後にしたあと、俺はリアディスの街路を歩きながら思考を巡らせる。
アイラに魔力を渡す。魔法をもう一度、使えるようにする。それが目的のはずだった。
だけど、それはアイラに俺がいなければ魔法を使えない身体を与えることになるかもしれない。
――意味を考える。
そうだ、俺は何のために、ここまで来た?
アイラの魔法は、俺にとって勝つための駒なんかじゃない。
だけど、気がつけば、俺はそれを当たり前のように使っていた。
焦りで、アイラの消耗に気づけなかった。
その結果が、あの倒れた姿だったんだ。
――それでも、やるのか?
問いが脳裏に浮かび、答えが出せないまま立ち尽くした。
ふと、肩の重さに気づいた。
アクアレイジ。
クロエが俺のために作った、魔法銃。
あれは、俺が魔法が使えないことを前提に作られた。俺のために、特別に。
無力な俺にでも、力を扱えるようにする仕組み。
――あれを、ただの道具だと感じたことはなかった。
なら、俺がやろうとしていることも、同じじゃないのか?
魔力を渡すのは、アイラを支配するためじゃない。
もう一度、立ち上がれる手段を与えるためだ。
アイラが望まないなら――やらない。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
屋敷に戻ったころには、日は高くなっていた。
アイラの部屋に向かう。
部屋に入るとアイラが身を起こしていた。
「アルさん、おかえりなさい」
「ああ。ただいま」
空の食器。食事もとったようだ。血色もいい。体調は、問題ないみたいだ。
「……ご迷惑をかけてしまって、すみません」
「いいって。まだ本調子じゃないんだから、無理すんな」
少しだけ頬が赤くなって、いつも通りに微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
挨拶を交わしたあと、俺は少しの間、言葉を飲み込んだ。目の前にいるこの少女に、俺はとてつもなく大きな選択を迫ろうとしている。けれど、黙っていれば、アイラは二度と魔法を使えないままになるかもしれない。
でも、俺は――
「……アイラ。ちょっと話がある」
アイラの金色の瞳が、まっすぐこちらを見つめ返す。
俺は、一度だけ深く息を吸った。
「……もし、俺が、また魔法を使えるようにする方法を見つけたら……それが、俺がいないと使えない魔法だったら……それでも、アイラは……やってみたいと思うか?」
沈黙が落ちる。
アイラの表情は、変わらない。答えに迷う素振りはなかった。
「……アルさんが、いてくれるなら」
アイラは、微笑んでそう言った。
「それで、魔法が使えるなら。わたしは……うれしいです」
声は小さかった。でも、力強かった。
俺の中の、すべての疑念が、その一言で溶けていくようだった。
「アイラの自由を、俺が……」
「違います。アルさんがいてくれないと、わたし……」
言いかけて、少しだけ言葉を濁す。そして、もう一度微笑む。
「いえ、うまく言えないですけど。でも、今のわたしは……アルさんと一緒にいられることが、一番の支えなんです」
「……そうか」
それだけ言って、俺は、ゆっくりと頷いた。
「だったら、やってみよう。もう一度魔法を取り戻す方法を」
「はい。お願いします、アルさん」
アイラの言葉は、俺の心に火を灯す。
再起のための、第一歩を踏み出したのだった。




