第24話 「決意の目覚め」
柔らかな朝光が、厚手のカーテンの隙間から一筋、差し込んでいた。
その光は、ただ一人の少女の頬を撫でている。俺は、静かに呼吸する少女の傍らに座っていた。
あれから、どれほどの時間が経っただろうか。
取引所で意識を失って倒れたアイラを、レイラの知り合いの医師に診せ、ようやく落ち着いたのは、昨日の夕方だった。
『二度と自力で魔法が使えなくなる可能性が高い』
レイラの口から告げられた現実は、あまりにも残酷だった。
ベッドの上で、少女の指先がかすかに動く。
「……うっ……」
弱々しい声が、静寂を破った。その長いまつげが、わずかに震える。
「……アイラ」
思わず名を呼んだ。その声に応えるように、アイラの金色の瞳がうっすらと開いた。
「アル……さん?」
「目が覚めたか?」
アイラはゆっくりと視線を動かし、室内を見渡した。
「……アルさん……ここは……?」
「ヴァース商会の医務室だ。レイラさんに融通してもらった。もう大丈夫だよ。ちゃんと医者に診てもらったから」
俺は、水の入ったコップを差し出した。
アイラは力なくコップを両手で持とうとするが、手が震えて水がこぼれ落ちる。俺は、コップを持ち直し、アイラ口元に添える。
一口水を飲んだアイラは、改めて室内を見渡す。
しばらく黙ったまま、何かを確かめるように指を握ったり開いたりしていたアイラは、やがて唇を震わせた。
「……わたし……」
その声は、糸を引くように細く、途切れそうだった。
「……魔力が……感じられません」
俺は言葉を返せなかった。
わかっていたことだ。レイラの診断は、決定的だった。魔力炉の損傷。それは、魔法士としての生涯の終わりを意味する。
「すみません……わたし、失敗……しました」
ぽろりと、瞳から涙がこぼれる。
アイラは、ベッドの上で小さく身を縮めながら、まるで子どものように震えていた。
「アイラのせいじゃない」
「無理をさせたのは俺だ。もっと早く限界に気付いていれば……こんなことにはならなかった」
拳を握りしめる。
アイラは首を振った。
「違います……わたしが……役に立ちたくて、頑張りたくて……でも、結局……」
アイラの声が詰まる。涙が頬を伝い、シーツを濡らした
「わたし……魔法士なのに……魔法が使えないなんて……」
「いや、いいんだ。誰も責めたり――」
「違うんです……アルさん」
俺の言葉を遮るように、アイラは続けた。
「役に立たない……魔法士なんて、いない方がいいんです。むしろ……足手まといで……」
そう言ったアイラの声音には、諦めの確信があった。誰よりも自分の無力を知っている者だけが持つ、静かな諦め。
「わたしは…もう、魔法が使えません。わかるんです。魔力が……感じられなくて……」
アイラは、胸に手を当て、空を掴むように指を動かした。
俺は、拳を握りしめた。
「……それでも、俺は、あきらめない」
言葉に力を込めた。これは慰めでも、希望的観測でもない。これから起こる現実だ。
「魔力が感じられないなら、別の方法を考える。方法は、きっと……ある」
アイラが、俺を見る。涙に濡れた金色の瞳が、わずかに揺れた。
「……アルさん、どうして……そこまで」
「アイラがいなければ、ここまで来ることはできなかった。あの広場の炎だって、取引だって、アイラの力がなかったら何一つできなかったんだ」
「でも……オークションまで、もう時間がありません」
「それでもだ。アイラが必要なんだ」
「どんなに周りに見捨てられても、俺だけは絶対に見捨てない――」
声が震えた。
アイラが、顔を覆って泣き出す。
しばらくの沈黙があった。
そして、アイラは顔を上げ、赤くなった目で、まっすぐに俺を見た。
「……はい」
アイラはかすかに微笑み、涙を拭った。




