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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第四章 「ベアリッシュ・エンガルフィング」

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第23話 「急変」

~憲章暦997年1月16日(風の日)~ 


 トークンコアの前で、アイラが手を前に掲げ、次々と魔法陣を展開していた。


 額には細かな汗が浮かび、表情は真剣そのもだ。


<リクエストリンク行きます!>


 金色の瞳に浮かぶ緊張。魔法陣が輝き、アルカナプレートに新たな情報が流れ込む。


 表示される数字を確認しながら、俺は思わず唇を噛んだ。


<ハルモニア銀行の買い圧がなくなった。アイラ、すぐに売り注文を!>


<はい!>


 アイラが術式を刻み、魔法陣に魔力を注ぎ込む。青白い光を放ち、売り注文がトークンコアへ送られていく。


 俺はアルカナプレートに表示された数字を確認し、ほっと息をついた。


<よし、なんとか間に合ったな>


 アイラはこちらを向き笑顔を浮かべたが、その顔色は優れない。


 頬がわずかに蒼白になり、呼吸も浅いように見える。


<アイラ、大丈夫か? 少し休もう>


<だ、大丈夫です……まだ、いけます……>


 力なく微笑むアイラを見て、不安が胸をよぎる。


 しかし、アイラの意思を尊重するしかなかった。


 市場は容赦なく動き続ける。


 立ち止まれば、利益機会は失われるだけだ。


<アイラ、ゆっくりでいい。余裕があれば深緑同盟の情報がほしい>


<はい…>


 俺の指示に反応し、アイラが再び魔法陣を展開しようとした、その時だった。


「っ……」


 アイラの体が前のめりに崩れ、空中から自然落下を始めた。


「アイラ!」


 俺は、アイラを受け止めようと走り出すが、到底間に合う距離じゃない。


「クソッ!」


 次の瞬間、突如赤い光の魔法陣が展開された。


「風よ、抱け。エアロクッション!」


 落下の寸前、アイラの体はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと地面に到着する。


 背後から、聞こえた声の主は、レイラさんだった。


 俺は駆け寄り、アイラの肩を支えた。


 指先に触れた肌が冷たい。


 周囲の魔法士たちが驚きの声を上げるが、すぐに自分たちの取引に戻る。


 ここは戦場だ。弱者に構っている暇はない。


「大丈夫です……もう少し……あと少しだけ……」


 アイラは震える声で言ったが、次の瞬間、瞳から光が失われ、そのまま意識を失って倒れ込んだ。


「アイラ! しっかりしろ!」


 俺はアイラを抱き起こし、周囲を見渡した。ここにいても何もできない。レイラさんが駆け寄ってくる。


「レイラさん! アイラが!」


 レイラさんは駆け寄り、アイラを一瞥すると眉をひそめた。指先をアイラ額に当て、深刻な表情になる。


「魔力炉の異常……。 これは魔法士特有の症状だね…」


「レイラさん、わかるんですか?」


「この反応は魔力炉の過負荷だね。でもここでは、これ以上詳しいことは分からないね…」


 ……


 レイラさんが一瞬の沈黙のあと声をあげる。


「商会の医務室に連れて行く!ユナ!エストラ!準備しなさい」


「はい!」「はいっ!」


 近くで待機していたレイラさんの部下に指示を飛ばす。


 2人の動きは迅速だ。


 レイラさんの指示で、用意された馬車に飛び乗る。アイラの体は軽かった。その軽さが、余計に俺の胸を締め付けた。


 アイラの顔は蒼白で、息遣いもかすかだ。


 馬車が揺れるたびにその体が小さく震え、俺はひたすらアイラの名前を呼び続けた。何度も、何度も。


「大丈夫だ、アイラ……」


 ヴァース商会に着くまでの時間が、異様に長く感じられた。


 胸の奥で鈍い痛みが広がっていく。リアディスでは、珍しい分厚く暗い雲が空を覆っていた。


 アイラを診るため、レイラさんは奥の部屋へと消えていった。


 ヴァース商会の応接室で待つ。


 壁にかかる時計の針がカチカチと音を立てる。


 俺は何度も椅子に座り直し、呼吸を整えようとするが、胸の苦しさは消えない。


 ふと、アイラの声が脳裏によみがえった。



『わたし……誰かの役に立てるかもしれないって思えたんです』



 その声が、胸に突き刺さる。


 祈るような気持ちで待っていると、扉が開く音がした。


 振り向くと、レイラさんが疲れた表情で現れた。俺は、駆け寄る。


「レイラさん、どうでしたか!?」


 俺の問いに、レイラさんは眉をひそめ、低い声で答えた。


「落ち着いて聞きな」


 レイラさんはそう言って俺にくぎを刺すと言葉を続けた。


「簡単に言うと魔力炉の回路が、ほぼ焼き切れてるね」


「……焼き切れてる?」


「魔力炉が、限界を超えた負荷で損傷してるってことだ」


「どういうことですか?」


 俺は、嫌な予感を抱えながらレイラの言葉を促す。


「あの子は、決して劣等魔法士なんかじゃない。魔術回路の計算速度は、大魔法士のそれさ、いやそれ以上だ。だが、それに対して魔力を生み出す魔力炉の出力が極端に小さい」


「これは、現代の魔法士としては致命的な欠陥だ」


「あの子の複雑な魔術回路は、その複雑さ故に燃費がわるい」


「魔力の小さな魔力炉と複雑な魔術回路…ゆえに出力が必要な戦闘用の魔法はほとんど発動すらできない」


 レイラは説明を続ける。


「あの子の異常な起動速度や同時展開能力はこの複雑な魔術回路がなせる業だ」


「これまで、少年の判断と発注についていくために頑張ってきたんだろう。その結果、魔力炉に過度な負担がかかったのさ」


 息が詰まる感覚に襲われた。目の奥がじんわりと熱くなる。


「アイラは、治るんですよね?」


 俺の質問のあと、少しの沈黙が流れる。


「……難しいね。二度と自力で魔法が使えなくなる可能性が高い」


 アイラのこれまでの頑張りが脳裏に浮かぶ。小さな体で、魔法陣を次々と展開する姿。集中した瞳、疲れても笑顔を見せようとする健気さ。


「俺が……俺が無理をさせたから……」


 利益を優先し、アイラの異変に気づけなかった。


 魔力が減少する中で笑顔を見せ続けていたアイラに、俺は甘えてしまった。


 レイラさんが肩に手を置く。


「考えるんだ。どうすればこの状況を乗り越えられるかを」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


 ふと前世を思い出す。


――退場しないこと。


 これが、マーケットで生き残るために必要な絶対的な条件だ。


 諦めたら終わるのを知っているのは俺じゃないか…


 俺は、強欲だ。


 アイラも助けて、この難局を乗り越える。


 そして、リーリアを助ける。


「……そうですね」


 俺は、そう答えながら拳を握りしめる。

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