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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第三章 「アセンディング・トライアングル」

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第22話 「情報屋」

~憲章暦997年1月10日(闇の日)~


 午前の取引を終えて、中庭に置かれたテーブルで、俺とアイラは昼食をとっていた。


 アイラ特製のサンドと果実をかじりながら、今日の午前中の取引内容について話し合っていた。


「やっぱり、午前の取引は全体的に値動きが重かったですね」


「まあ、年初の熱狂も一段落したってところだろ。焦らず待つのも相場のうちだ」


 そう言いながら、俺は食後の水を口に含む。周囲では他の投資家らしき連中も同じように、束の間の休息を楽しんでいた。


 穏やかな時間。だが、そんな空気に割り込むように、誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。


「やあ、君たち。ここにいたのか」


 その声は、まるで古い知り合いに話しかけるような砕けた調子だった。


 振り返ると、そこには、狼耳を持つ黒髪の女性が立っていた。赤い瞳は冷えた鋼のように鋭く、その体には動きやすそうな黒い装束がぴたりと張り付いている。


「……あんた、誰だ?」


 警戒心を隠すことなく俺が問うと、女は口の端を上げて答えた。


「おっと、失礼。私は、ミラ・ノアール、フリーの情報屋さ。レイラから君のことを聞いてね。ちょっと興味が湧いたのさ」


「レイラさんの?」


 アイラが少し安心したように声を漏らす。


「そう。レイラの姉御とは、けっこう付き合いが長くてね」


――情報屋。


 確かに聞いたことはある。取引魔法士や投資家に対して、相場に影響する情報を念話で伝える裏方だ。


 公式の魔導スクリーンだけじゃ、情報の流れに乗り遅れる。


 だから、そういう連中から()()()()()を得るのがこの世界のやり方でもある。


 だが、怪しいのもまた事実だった。


「それで、なんの用だ? 情報屋ってのは、まさか昼食中の客にも情報を売りつけに来るのか?」


 皮肉混じりに言ってみせると、ミラは肩をすくめた。


「冷たいね。でも、今日は()()()だ。信用ってのは、まず実績からでしょ? だから、ひとつだけ、タダで教えてあげる。未来のお客さん」


「今日の午後。相場、動くよ」


「根拠は?」


「さすがの目だ。聞きたいかい?」


 ミラはニヤリと笑うと、声のトーンをわずかに下げた。


「今日の午後、ティランマール共和国が、アズーリアへの穀物輸出を停止するって話がある」


「……穀物? なんでそんな動きが?」


 ティランマールは、専守防衛の国是を掲げ、基本的には自国の安全保障にしか動かない国だ。それが、強国アズーリアに対して穀物を禁輸する? あの帝国の拡張主義的な姿勢を考えれば、情勢の悪化を招いてもおかしくない。


「アズーリアは今、干ばつと内政混乱で食糧自給率が下がってる。だから、ティランマールからの輸入に頼ってたわけだ。でもね――今日の午後、そのルートが断たれる」


「それって、正式な声明が出るってことか?」


「さあね。もしかしたら声明って形にはならないかも。だけど、裏で動いてるってのは確かだよ」


「信じるも、無視するも君たち次第。……ま、午後の相場で答え合わせってやつさ。この話も()()()()()()()()()()()()ものだからね」


 そう言って、ミラは立ち上がった。立ち去る間際、鋭い目で俺たちを一瞥いちべつする。


「じゃ、またね」


 黒い影は音もなくその場を離れ、通路の向こうへと姿を消していった。


 俺とアイラは、しばし言葉を失ったままその場にいた。


「アルさん、どうしますか?」


「確かめてみよう。午後の取引で、あの情報が本物かどうか」


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆ 


 午後の取引が始まる10分前、俺たちは再びトークンコアの中央広場へと戻ってきた。


 魔導スクリーンには、各国の相場状況と速報が常に映し出されていたが――今のところ、特に目立った動きはなかった。


「さっきの話、本当だったんでしょうか?」


「ああ。でも信じるかどうかは、自分で判断するしかない」


 この世界で()()()()()などというものは存在しない。特に取引に関わる情報は、意図的に流されたものもあれば、結果として市場を誘導するためのブラフであることもある。


 だが――


 もし本当にティランマール共和国がアズーリア帝国への穀物輸出を停止するというのなら、関連銘柄は確実に動く。


 俺たちは、ミラの言葉を確かめるために、早々に観察対象を絞っていた。


【トークンコア登録番号08002】深緑商会同盟

【トークンコア登録番号06310】アニス開拓

【トークンコア登録番号06203】エスボ傭兵団

【トークンコア登録番号07202】ラフティエルフ連合


 俺は各銘柄の特性を頭の中で整理する。


 深緑商会同盟――ティランマールの穀物輸出に依存する商会。輸出制限はネガティブ要因。

 アニス開拓――ティランマール北部で農地開拓を進める企業。輸出制限の原因がティランマール側の食糧事情のひっ迫にあるなら、ポジティブと捉えられる可能性。

 エスボ傭兵団――ティランマール最大の傭兵組織。輸出規制でアズーリア帝国との緊張が高まればポジティブ。

 ラフティエルフ連合――ティランマールの大手冒険者クラン。今回の状況には直接関係しない可能性が高い。恐らくはニュートラル。


 午後の取引開始まで、あとわずか。


<アイラ、準備はいいか?>


 俺は空中に浮かぶアイラを見上げて声をかけた。


<はい、アルさん。対象の銘柄は今のところ静かです>


 アイラの声が念話で返ってくる。


 カンカンカンカン!


 取引開始のベルが響く。


 そのあともしばらくは、どの銘柄にも動きはなかった。


 だが、取引時間も中盤に差し掛かったころアイラから念話が飛んできた。


<アルさん、エスボ傭兵団の動きが少し変な感じがします>


――買いが……増えてきてる。


 明らかにエスボ傭兵団の買い気配がじわじわと膨らみ始めていた。午前中には見られなかった不自然な買い圧。


 初日のサンクタム同盟を思い出す。


――同じだ。


 そう判断した俺は、エスボ傭兵団の買いを決める。


<アイラ、エスボ傭兵団買いだ>


<ほんとにいいんですか?>


<まだ、上げ幅としては小さい。仮に間違った情報だったとしてもダメージは小さいはずだ>


<63.5ディムで2000株の買いを入れてくれ>


<わかりました>


 アイラから、オーダーフォームの光が放たれる。


<買い注文成立しました!>


 俺はアルカナプレートで購入価格を確認する。


 購入完了。


 そして、それから一分も経たないうちに――


 上空のスクリーンに、速報枠が表示される。


『ティランマール共和国、アズーリア帝国への穀物輸出を当面停止すると発表――国内農産物の需給安定のため』


――来た。


<アイラ、追撃だ!エスボ傭兵団を1000株を成行で買い>


<はい!>


<出来ました!64.1ディムで1000株です!>


 アイラが素早く魔法陣を描き、注文を発注する。すぐに買付成立の通知が届いた。


 エスボ傭兵団はさらに上がっていく。


<アイラ!65から67ディムまで0.2刻みで200株ずつの指値行けるか>


<行きます!>


 アイラの魔法陣が再び輝き、トークンコアへ光が飛ぶ。10本以上の光が同時に飛んでいく光景は圧巻だ。


 激しい変動の中で指値のうち7本の約定が成立する。


<アイラ、これまでの平均約定価格と約定株数を教えてくれ>


<およそ64.56ディムで4400株です>


<わかった。このポジションで引っ張れるだけ引っ張ろう>


――67.5ディム。


――69.7ディム。


 70ディムを超えると上昇がさらに加速する。


――71.9ディム。


 俺は思わず笑みをこぼす。


 自分の笑みに気づいた俺はここが売り時だと判断する。


<アイラ、72ディムから0.1ディムごとに400株の売り指値を入れてくれ>


<わかりました!>


 そう返事をしたアイラは、流れるようにオーダーフォームを同時に展開する。


<アルさん、2800株は売れましたが残りはまだ約定してません>


<わかった。残りは成行で構わない。訂正を頼む>


<訂正ですね>


<残り1600株、72.3ディムですべてできました!>


 利益を確認する。


――34,060ディム。


 1日としては、過去最高の利益だ。

 

 取引の終わり告げる鐘が鳴る。


 地上に降りたアイラが、こちらに駆け寄ってくる。


「すごいです!アルさん!本当に情報通りでした」


「ああ。……まさか、あの情報がここまで正確だとはな」


 俺の中には疑問が渦巻いていた。


 ミラ・ノアール――あの女は、いったいどこからこの情報を仕入れてきた?


 ティランマールとアズーリアの関係は、国際的にも微妙な緊張を孕んでいる。国境問題に絡む政策情報なんて、そう簡単に手に入るものじゃない。


 いや、そもそも。


 ミラの目的はなんだったのか?


 俺たちに試すような真似をしたのは、ただの気まぐれか。それとも、何か意図があるのか。


「アルさん……さっきの、あの情報屋さんのこと、少し……怖くないですか?」


 アイラがぽつりと呟く。


「……ああ、確かにな。目的が、わからない」


 だが、今の俺たちは、ミラの情報で利益を得た。その事実は否定できない。


 レイラの知り合いとは言え、俺たちが信頼に足るかどうかを見極めるには早すぎるはずだ。


 それなのにタダで情報を渡した……いや、違う。


「……見極められてるのは、こっちの方か」


「え?」


 俺の呟きに、アイラが不思議そうに首を傾げる。


 それに、最後の言葉。


――()()()()()()()()()()()()


 これは、マーケットの真実だ。情報の非対称性こそが、世界を動かす。そしてその情報の出所が、どんな意図でこちらに手を差し伸べたのかを知ることも、また投資家の仕事だ。


――やはり、試されているな。ミラにも、レイラにも…


 次に再びミラが現れたときは、何かが大きく変わる時かもしれない。


 そんな、予感を抱きながら帰路についた。


◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 【資産合計】275,821ディム

 【負債合計】78,543ディム

 【純資産】197,278ディム

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

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