第16話 「チュートリアル」
~憲章暦996年12月28日(星の日)~
俺とアイラは、取引所内の一角にある講習室にいた。
目の前には受付嬢のリアナが立ち、笑みを浮かべている。
「今日は取引を行う上で必須となる二つの魔法について学んでいただきます」
アイラは真剣な眼差しでそういうリアナを見つめていた。俺も傍でその様子を見守る。
「まず最初に教えるのは『リクエスト・リンク』です。これはトークンコアと価格や気配情報をやり取りするための魔法になります」
リアナは手元の魔道書を広げ、術式の構成を示す。
「この魔法は、価格の変動や市場の気配を瞬時に把握できるようにするものです。取引を行う際に、常に最新情報を得るためには不可欠な魔法です。この魔法は、トークンコアとリンクが確立しているアルカナプレートがあれば世界中どこでも使える魔法なので、活用の幅はかなり広いと思います」
魔導書のページをめくり説明を続ける。
「トークンコアに登録されている株式や商品にはそれぞれ固有の番号が割り当てられています。この番号と欲しい情報に合わせて術式を組むことでこの魔法は完成します」
「例えば、そうですね…」
「登録番号が、06861は名門冒険者クランのサンクタム同盟の番号です。この番号と価格の情報をとるため、この術式を組み込みます。注意点としては、価格などの情報の場合には、期間や条件などを術式に一度に組み込む必要がある点です」
「さっそくですが、やってみましょう。基本的な詠唱はここにある通りです」
アイラは真剣な表情で頷き、魔道書を覗き込んだ。細かな文字や術式の図に目を凝らし、何度も確認する。
「……術式は、こんな感じ……かな?」
おずおずと魔力を込めると、薄い光の輪がアイラの眼前に広がり、次第に明瞭な魔法陣となる。
「その調子です。焦らずにいきましょう」
「アイラシアさんは筋がいいですね」
リアナの声に励まされ、アイラは慎重に魔法を起動させた。
「記録の海よ、その一端を我が意識に刻み込め。リクエストリンク」
瞬間、アルカナプレートに無数の数字と情報が流れ込み、アイラの目が見開かれる。
「これが市場の息遣いです。慣れるまでは大変だと思いますが、頑張ってくださいね」
「短縮詠唱は、こちらですね。無詠唱の方もいらっしゃいますが、かなりのベテランたちに限られます」
「短縮詠唱、やってみます」
アイラはそう言うと短縮詠唱で魔法を起動してみせる。
「結べ、リクエストリンク」
最初はぎこちなかったが、数度目にはスムーズに魔法陣を展開できるようになっていた。俺はその姿に感心する。
「すぐに覚えたな、アイラ」
「ありがとうございます。でも、もっと練習しないと…!」
アイラは決意を込めた声で答えた。
しばらく俺たちの様子を見守っていたリアナだったが、にっこり笑うと話を次に進める。
「次は『オーダーフォーム』と言われる魔法です。これはトークンコアに取引の発注を行う魔法になります。買いか売りか、価格はいくらか、数量はどれだけか……そういった情報を術式に書き込んで起動することになります」
「この魔法は、トークンコアへ直接術式を展開する必要があるので、トークンコアの近くでないと使えない特殊な魔法です。仮にここで、この魔法を使用しても空中に霧散していきます」
「リクエストリンクに比べると術式はシンプルですが、やや消費魔力が大きいです」
リアナは「ただ」といって言葉を続ける。
「どちらも通常の魔法士が使用する戦闘用の魔法に比べると、魔力消費量は微々たるものです。私の知る限り取引魔法士が魔力量を問題にしたことは過去の一度もありません」
そう言って、笑みを浮かべたリアナは改めてアイラに視線を向ける。
「アイラシアさん、こちらも試してみましょう」
アイラは、術式を一読すると指先に魔力を込めていく。
「登録番号08058、スリーミスリル商会、買い、100株、価格は……」
呟きながら、魔法陣を操作するアイラ。その動きはぎこちないが、確実に魔法陣を形成していった。
「意志は術に、術は契約に。理を編み、世界の律へと放て。オーダーフォーム」
「成功ですね、アイラシアさん!」
「やった……」
アイラが小さく喜ぶ。
「やっぱり、筋がいいですね」
リアナはアイラにコツを伝えながら、「焦らず一歩ずつでいいです」と優しく声をかけ続けた。
アイラ、何度も練習を繰り返す。
その姿を見ながら、先日の広場での事件を思い出しながら俺は考えていた。アイラの魔法起動速度は確かに異常な速さだ。同時に魔法を展開するスキルもかなり高い。この才能を最大限に活かせる取引スタイルは何だろうか、と。
――アイラの魔法起動の速さを活かせば、短期売買で利益を狙えるかもしれない。ただ、リスクも大きい……どうするべきか……。
――わずかな価格差を狙い、一日に何度も売買を繰り返す手法。この世界の取引所で再現できれば、大きな利益を短期間で得られるはずだ。
――だが、魔力が少ないアイラにとっては負担が大きいかもしれない。
――魔力の消費量が、取引魔法士に影響したことはないとリアナは言っていた。
――しかし、他に方法はあるのか?
俺は、考えを巡らせ続ける。
「アルさん?」
アイラの声で我に返る。その瞳は少し不安げに俺を見ていた。
「ああ、すまん。ちょっと考え事をしてた」
その言葉に、アイラは少しだけ安心したように微笑んだ。
その後も、練習を繰り返し気が付くと夕方になっていた。俺たちは、リアナにお礼を言って帰路についた。
読んでくださりありがとうございます!
次回は、いよいよ取引所で初陣に挑みます。
今後ともよろしくお願いいたします。




