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第13話 「ルミナス<呪い>」

 トークンコアの前を離れ、取引所の施設見学はひと通り終わった。


 中庭が見えるベンチに腰を下ろすと、俺は肩を軽く回した。長い手続きと、情報量の多すぎる見学だったせいか、疲労がじわじわと足にきている。


「ありがとうな、アイラ」


 不意に口をついて出た言葉に、隣に座っていたアイラが小さく目を見開いた。


「……え?」


「契約してくれただろ」


 しばらくの沈黙の後、緊張した面持ちのアイラがふと口を開いた。


「アルさんは、どうしてわたしを雇ってくれたんですか?」


 アイラの問いに、俺は少し考えた後、正直に答えることにした。


「そうだな……助けたい人がいるんだ」


「助けたい人ですか?」


「リーリアっていう、俺の幼馴染だ。リーリアを助けるためには、どうしても魔法士が必要だった。それが理由だ」


「リーリアは借金のかたとして奴隷にされてしまって、連れていかれたんだ。リーリアを買い戻すには金がいる。取引所ここで稼ぐために、どうしても取引魔法士が必要だったんだ」


「そんな風に言ってもらえる人がいるなんてリーリアさんが少しうらやましいです」


 アイラは少し寂しそうな表情で呟く。


「正直に言うと、予算の問題もあった。他の魔法士たちは俺の手には届かなかったんだ。でも、それだけじゃない。なんていうか……直感ってやつだよ。アイラに初めて会った時、『アイラの手を掴まなければいけない』って強く感じたんだ。理由を言葉にするのは難しいけど、アイラには何か特別なものを感じたんだ」


 アイラは一瞬驚いたような表情を見せた後、少し苦笑いを浮かべた。


「直感……ですか。わたしが特別なんて、そんな風に言われたこと、一度もありません」


 沈黙がしばらく続いた。


 そして、アイラがぽつりと呟くように言う。


「アルさんは、わたしの名前……ルミナスって聞いて、どう思いましたか?」


 その言葉に、俺は少しばかり面食らった。


 ルミナス――どこかで聞いた覚えがある。たしか、魔法士の名門の名前だったか。けれど、俺自身はその名に特別な感情を抱いたことはなかった。


「ああ……正直、言われてやっと思い出したくらいだ。すまん」


「いいんです。むしろ、うれしいくらいです。……ほとんどの人は、『ルミナス』と名乗るだけで態度を変えますから」


 そこに宿るのは、誇りではなかった。どこか、諦めにも似た、感情の影。


「わたし……家族から、疎まれているんです」


 その声は、ひどく淡々としていた。感情を押し殺すように。それが逆に、アイラの言葉の重みを伝えてきた。


「父は王立大学校の魔法理論の主任教授で、母は軍務魔法の最高顧問。兄と姉たちも、みんな国や軍の中枢にいる優秀な魔法士たちです」


 俺は言葉を飲んだ。


「……でも、わたしだけが、落ちこぼれでした」


 アイラの声は、穏やかだった。悲しげというよりは、すでに乾いたような、どこか遠い過去を語るような声音だった。


「ロイ兄様には、()()()()()()って言われました。エリーナ姉様には、いっそ()()()()()()()()()()()()()()()()って」


 魔法士や貴族のことはわからない…だが、アイラの言われようには少し怒りを覚えた。


「でも、間違ってはいないんです。ルミナス家は、王国にとっての誇りですから。弱いわたしがその名前を背負っているだけで、家の名誉に傷がつくと思われても仕方ないんです」


 静かに語られるその話は、まるで長い長い悪夢の断片のようだった。


「魔力が少なくて、何をしても使い物にならなくて。学校は補欠で卒業しました。成績が足りなくて大学には行けなくて。軍にも推薦されなくて」


「『恥さらし』は、王都の家には帰ってくるなって言われました。屋敷をやるからそこで暮らせと…」


「だから、ギルドで地道に仕事を受けようとしたんです。でも……」


 そこで言葉を切ると、アイラはふっと笑った。あまりにも寂しげな笑みだった。


「ギルドでも、他の魔法士からは『廃棄姫』なんて呼ばれて。笑っちゃいますよね……」


 俺は何も言えなかった。


「それでも……アルさんに声をかけてもらって、今日、契約して。わたし……誰かの役に立てるかもしれないって思えたんです。……それだけで、すごく、救われた気がしました」


 最後の言葉は、少しだけ震えていた。


 アイラの過去は、俺が想像していたよりもずっと重く、孤独だった。


 努力とは無関係に、ただ『足りない』という理由だけで居場所を奪われ続けた日々。その名が名門であるがゆえに、その不足はより深く刻まれた。


 俺は、アイラを見据える。


「……なら、アイラがここにいる意味は、これから俺が証明してやる」


「……え?」


「投資ってのはな、未来に賭けることだ。俺は、アイラシア・ルミナスっていう魔法士に賭けた。それがどういう意味を持つか――結果で見せるよ」


 アイラは、しばらく黙っていた。風が吹き抜け、綺麗なプラチナブロンズの髪がさらりと揺れた。


「はい……」


 アイラは少し照れたように頬を赤らめ、視線を落とした。


 それでも、その口元には微かな笑みが浮かんでいるように見えた。

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