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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十章 「フラクチュエーション」

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第87話 「ピンチヒッター」

「フィリアか……」


「ええ、フィリアですわ。で? その渋い顔とため息はどういう状況ですの?」


 フィリアは腰に手を当て、つんと顎を上げている。


 言いづらいが、話さないわけにもいかない。


「アイラが倒れたんだよ。明日は取引所に行けないってさ。ティタニアも捕まらないし」


「まあ……! それは大変ですわね」


 フィリアはほんの一瞬だけ眉を寄せた。だが次の瞬間には、妙に自信に満ちた表情になっていた。


「ということは、取引魔法士がいないから困っている……そういうことですわね?」


「まあ、そうなるな。ポジション持ってるし、動けないと困るんだが……」


「ふむふむ、なるほど」


 フィリアはなぜか頷きながら、胸の前で両手を組んだ。


「では――その問題、わたくしが解決いたしますわ!」


「……は?」


「ですから! わたくしが明日、臨時の取引魔法士を務めますの!」


 なぜそうなる。


「フィリア、いや……その……お前、忙しいんじゃないのか? 商会の代表だし」


「代表というものは、こういう時こそ暇なのですわ!」


「どこの理屈だよそれ」


「わたくしの理屈ですわ」


 胸を張るな。


 しかし言ってる顔がすごく楽しそうなのが余計にややこしい。


 フィリアはぱんっと手を叩き、さらに調子に乗った。


「それに、アルヴィオ。困っている人を見たら、助けるのが淑女の務めですわ。わたくしがいてよかったですわね!」


「いや……まあ、助かるけど……」


 助かるけども。


 いや実際、助かるんだが。


 取引魔法士は魔力制御が重要だ。フィリアは魔力制御もトップクラス、手際もいい。


「心配には及びませんわ」


 フィリアは自信満々で髪をかき上げた。


「サンダーランスを撃つより、オーダーフォームのほうが簡単ですもの。魔力制御は慣れておりますわ」


「……いや、その比較はおかしくないか?」


「おかしくありませんわ」


「いや……」


「おかしくありませんわ」


 圧が強い。


「……まあ、フィリアがやるっていうなら助かる」


 何となく振り返ると――


「もちろん、わたくしもお嬢様に同行いたします」


 背後にエルヴィナが当然のように立っていた。


 いつの間に来たんだよ……。


「お嬢様をお守りするのが私の務めです。取引所に行かれるなら、当然お供いたします」


「あら、エルヴィナ?」


 フィリアが涼しい顔で振り返る。


「あなた、最近ずっと忙しくしていたでしょう? 今日も山のような書類が残っていたはずですわよ?」


「っ……しかし、お嬢様の身に何かがあってはいけませんので」


「わたくし、取引所でただ魔法発注をするだけですのよ?」


 フィリアはにっこりと微笑む。


 あ、これエルヴィナ負けるやつだ。


「エルヴィナ」


「……はい」


「あなたがついてきたら、商会の業務が回りませんわ」


「……っ」


「それに、あなたがいないと困る部署が多すぎますわ。だから――」


 フィリアは優しく、けれど容赦なく言い放った。


「あなたは商会の要ですの。明日は“留守番”をお願いしますわ」


「……ぐ……っ……」


 エルヴィナの肩が、小さく震えた。


 主に反論したい気持ちと、主の言う正論のあいだで引き裂かれているらしい。


「で、ですが……お嬢様……!」


「大丈夫ですわ。アルヴィオがいますもの」


「えっ、いや俺は別に護衛じゃ……」


「ほら、アルヴィオがいますわ!」


「俺を前にだすな」


「万が一の時は、アルヴィオを盾にいたしますわ!」


「本気で言ってるのか!?」


 そんな茶々にも反応できないほど、エルヴィナは動揺した表情をしていた。


「……お嬢様……」


 ついにうつむき、拳を握りしめた。


「私……お嬢様のお傍を離れたくありません……」


 声が震えている。


 ああ、これ、本気で言ってるやつだ。


 仕事人としてではなく、()()()()()()()()の本音なんだろう。


 フィリアは、そんなエルヴィナの肩に手を置いた。


「わかっていますわ、エルヴィナ。あなたが誰よりもわたくしのことを守ってくれていることぐらい、ちゃんとわかっていますの」


「……お嬢様……」


「でもね、あなたが全部背負ったら、他の子たちが育ちませんわ。あなたは優秀すぎるのですもの。だから今日は、セレスティア商会を守ってくださいな」


 わかったようなわからない理屈だが、その言葉にエルヴィナはぎゅっと唇を噛みしめた。


 ただ深く頭を下げて――


「……承知しました。お嬢様のご命令とあらば。必ず、業務すべてを滞りなく遂行いたします」


「よろしくてよ。『柑橘堂』のレモンタルトでもお土産にして帰りますわ」


「……それは……嬉しいです」


 目元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 エルヴィナは、一礼して踵を返し――


 ふらり、とした足取りで廊下を去っていった。


 なんか……背中が切ない。


「……なあ、フィリア」


「なんですの?」


「今の……ちょっと可哀想じゃなかったか?」


「いいえ?」


「即答かよ」


「エルヴィナは有能ですわ。けれど、わたくしの隣にいるのが当然になってしまうと、それはそれで困るのですの。主従関係とはいえ、依存しすぎてもいけませんわ」


 さらっと言うが……けっこう深い話だな。


「さて、では明日の取引はわたくしにお任せあれ! 気合い入れて参りますわよ!」


「……大丈夫なんだろうな」


「大丈夫ですわよ! オーダーフォームなんて、朝のストレッチみたいなものですわ!」


 フィリアはくるりと回りながら、取引部の扉に向かって歩き始めた。


 背中からは、やる気と自信がまるで光のようにあふれていた。


――正直、不安もある。


 でも、助かるのも確かだ。


「はぁ……明日、大荒れにならなきゃいいけどな」


 そんな俺のつぶやきに、フィリアは振り向きもせずに返した。


「安心なさい! 明日はわたくしが、取引部を輝かせますわ!」


 そんな大げさな。


 でも――


 少しだけ、楽しみでもあった。

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