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俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十章 「フラクチュエーション」

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第86話 「士気上々」

 ロピカルハへの旅行が決まってからというもの、セレスティア商会は騒がしい。


 いや、騒がしいというより──


 全員の目が輝いている。


 廊下を走る者、荷物を抱えて階段を駆け上がる者、帳簿を片手に笑っている者。


 どこを見ても活気にあふれていた。


「……なんだ、このテンションの高さは」


 今日の取引を終えた俺は商会のロビーで立ち尽くした。


 いつもならもっと静かで、ハーブティーでも飲みつつ残務処理が始まるのだが──今日は様子が違った。


 経理部の青年が書類の山を抱えながら言う。


「アルヴィオさん! 見てくださいよ! 今月の月次処理、もう半分終わりました!」


「……月末までまだ三週間あるぞ?」


「そうなんです! でも、旅行前にあれこれスッキリさせておきたくて!」


 そう言って去っていく後ろ姿は、仕事が大好きな商人というより、遠足前に浮かれる子どもだった。


 続いて、営業の女子二人が息を切らしながら階段を駆け降りてくる。


「ただいま戻りましたー! 本日の外回り全部終わりました!」


「三十件の契約、全部前倒しで完了です!」


「……お前たち普段そんなに仕事早かったか?」


「旅の準備がありますので!」


 笑顔で走り去る。


 ……なんだろう。


 旅行一つで、会社ってこんなに変わるものか?


「ほんと、すごいことになっていますわね」


 いつの間にか後ろにフィリアが立っていた。目を細めて全フロアを見渡している。


「アルヴィオ、気づいてらして? これが士気というものですわ」


「士気って……いや、すごいのは認めるけど」


「わたくしの思いつきがこんなに効果的だったとは、わたくし自身驚いていますの。いい仕事をしましたわ、わたくし」


 自分で言うのか。


 だがまぁ、効果は確実に出ている。


 雰囲気が明るくなり、全体が同じ方向に向かって動いている感じがある。


 まとめて一つのイベントが決まると、会社ってこんなに空気が変わるのか……と感心していた。


 雑務を終えて取引部に入ると、そこは妙に落ち着いた空気が漂っていた。


 他の部署ほど浮かれていないというか──いや正確には、「浮かれる暇がない」というべきか。


 マーケットは待ってくれない。


 旅行があろうがなかろうが、相場は毎日動く。


 だから、取引部はいつもどおり……ではあったが。


「……アイラ?」


 机に方に視線を向けると、先に戻ったアイラが分厚い資料を並べているのが目に入った。


 目の下に薄いクマ、髪が少し乱れているようにも見える。


「昨日も遅くまで調べ物してただろ。大丈夫か?」


「だ、大丈夫ですよ……! 今度の旅行、現地視察も兼ねますから……準備は万全にしておかないと……」


 商会全体を包む、異常な空気にアイラも立派に吞まれていた。


「アイラ、少しは……」


「ティタニアさんが最近は応援で忙しくて……取引部に来られないので……わたしも頑張らなくちゃって……」


 そういえば、ティタニアは厨房、経理、広報、倉庫整理にまで駆り出されていたっけ。


 魔法士としての本職を忘れたかのように雑務をこなしていて、「姫様、そんなことしなくても……」とラウラがうめいていたのを思い出した。


 その分、アイラの負担が増えているのだ。


「……無理するなよ。旅行前に倒れたら元も子もないからな」


「だ、大丈夫ですよ」


 そう言って笑うが、その直後――


「……っ」


 アイラの体がふらりと傾いた。


「おい!」


 慌てて支えると、アイラの身体が熱いのがわかった。


「アイラ、熱があるぞ……」


「えっ、そんな……わたし……」


 そのまま力が抜け、俺の胸に寄りかかってくる。


 これは完全にアウトなやつだ


 急いで医務室に連れて行き、ベッドに寝かせる。


 医務担当の従業員が診察しながら言った。


「ただの風邪みたいですね。熱も高いけど、休めばすぐ治ると思います。今日と明日ぐらいは安静が必要です」


「そっか……よかった……」


 アイラは、無理を抱え込む性格なので余計に心配になる。


「アイラシアさんは、明日は取引所には行けませんよ。アルヴィオさん」


「そこなんだよな」


 俺は、医務担当の言葉に頭を抱えた。


 マーケットにポジションを持ったままだ。だが、魔法士なしでは注文が行えない。


 医務室を出た瞬間、ため息が漏れた。


――どうする。


 今日のポジションは小さいとはいえ、放置できるほど甘くはない。相場の気まぐれは、俺がこの世界に来てから何度も経験している。


 魔法士がいなければ、取引は()()()()


 だが、アイラは安静が必要だ。無理に引っ張り出すなんて論外だ。


「……困ったな」


 そう呟いたタイミングで。


「なにが困っているのですの?」


 背後から聞き慣れた声が降ってきた。

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