表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました  作者: 白河リオン
第十章 「フラクチュエーション」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/126

第85話 「はじまりの手紙」

~憲章暦997年7月7日(星の日)~


 朝。


 俺はなぜか玄関前の掃き掃除をやらされていた。昨日のうちにやっておけと言いたいが、エルヴィナに何か言い返すと、あの鋭い視線で黙らされるので逆らえない。


 箒を動かしていると、運搬業者の男が二つの封筒を持ってきた。


「セレスティア商会さん宛てに手紙でーす!」


「ああ、ありがとう」


 ひとつは薄ピンクの紙封筒で、明るい色遣い。もうひとつは深紫の封蝋がされた、重苦しいやつだった。


「……フィリア宛てか?」


 紫の封蝋の手紙は、貴族の香りがプンプンする。


 そして、薄ピンクのほうには、見覚えのある丸くて元気な字が踊っていた。


「リーリアから……か」


 思わず口元が緩む。


 ちょうどそのタイミングで、商会の扉が開き、アイラが顔を覗かせた。


「アルさんー? 掃除、終わりましたか?」


「ああ、終わった。あと手紙が来たぞ。リーリアと……フィリア宛ての二通だ」


「リーリアさん……! 元気してるのかな……?」


 アイラの目が少しだけ柔らかくなる。


 二人で中へ戻ると、取引部ではすでにフィリア、ティタニア、ラウラ、イオナ、エルヴィナがそろって雑談をしていた。


「アルヴィオ、遅かったじゃない。掃き掃除なんて五分で終わりますわよ?」


 フィリアが紅茶を口にしながら言う。


「……いや、手紙を受け取ってたんだ。ほら」


「まあ、わたくし宛の……お父様から?」


 フィリアに蜜蝋の封筒を渡し、俺は薄ピンクの封筒を開いた。


 中には、見慣れた丸っこい字で、楽しそうな文章が並んでいた。


――アル兄へ。学校は本当に楽しいよ!


 読み上げるまでもなく伝わってくる。文全体から元気が溢れている。


――新しい友達ができたの。その子はね、ロピカルハ王国の出身なんだよ。


 ほう。ロピカルハ。香料諸島を領有する海の国だ。


――いろいろあって助けたら、お礼にすっごく綺麗な貝殻をくれたの。七色に光るの! アル兄にも一つあげるから、大事にしてね!


 そう書かれた文の下に、小さな布袋が紐で括られていた。開けると、確かに七色の光を帯びた貝殻――いや、貝殻というか、宝石めいた何かが一つ。


 光に当てるたびに色が変わる。不思議な物質だった。


「きれい……」


 アイラがそっと近づいてくる。


「ロピカルハの貝殻……? こんなの、見たことありません……」


「俺もだ。でも――」


 俺は貝殻を指先で転がしながら、ふと昔クロエから聞かされた話を思い出した。


「……クロエが言ってたな。ロピカルハには、なぜかアルカナプレートが使えない地域があるって」


「え? プレートが使えない? そんな場所が?」


 イオナが青髪を揺らしながら首をかしげた。


「ああ。理由は不明らしいけど、そこだけアルカナプレートが反応しないらしい。だから昔からその地域には独自の貨幣文化が残ってるって、クロエが言ってた」


「じゃあ、その貝殻……」


「多分、その地域通貨のひとつだと思う。価値があるかどうかは分からないけど、少なくとも土産には良いな」


「リーリアさん、素敵なものを贈ってくれたんですね……!」


 アイラが嬉しそうに笑う。俺は胸が少しだけあたたかくなる。


――夏休みには、その友達の家に遊びに行くから、リアディスに帰るのは遅れるよ!


 手紙はそう締められていた。


「……楽しそうだな。よかったよ、リーリア」


 誰にも聞こえないように、小さく呟いた。


「ふふ、アルヴィオは完全にお父さんみたいですわね」


 フィリアがにやにやしてくる。


「ほっとけ」


 俺がぼそりと返すと、フィリアはもう一通の手紙を開封した。


「お父様から、ですわね……」


 フィリアは姿勢を正して読み始めた。


――ロピカルハ王国の王女殿下の結婚式が来月開催される。


――招待状を受け取っているが、アズーリアとの戦後処理で多忙につき出席できない。


――よって、公爵家の名代として式に参列してほしい。


「……なるほど、そういうことですのね」


 フィリアは手紙を静かに閉じた。


「わたくしが、名代としてロピカルハへ……そして……リーリアさんもロピカルハへ」


 ほんの一拍だけ間が空いた。


 そして。


 フィリアは勢いよく立ち上がった。


「――というわけで!」


 紫の瞳が、ぱあっと輝く。


「ロピカルハが、わたくしたちを呼んでいますわ!」


「いや、待て」


「セレスティア商会、慰安旅行に行きますわよ!」


「待ってくれ」


「海! 南国! 香辛料! これはもう、行く流れですわ!」


「だから待てって!」


 俺の抗議は完全に無視された。


「ふふ、面白そうね。海は好きよ?」


 ティタニアが軽いノリで乗ってくる。


「僕、ロピカルハの固有植物めちゃくちゃ調査したかったんだよ! ぜひ行こう!」


 イオナも全力で乗っかった。


「……なぜ話がそう飛躍するのですか……」


 ラウラが額に手を添えてため息。


「お嬢様が行くなら、護衛として同行します」


 エルヴィナさんは涼しい顔で当然のように言い切った。


 ……止まる気配ゼロだ。


「アイラは?」


「えっ、えっと……海……行ってみたい、です……!」


 控えめな声だが、しっかり前向きだった。


 俺は頭を抱えた。


「決まりですわ! 準備を整えますわよ、皆さま!」


 フィリアの声が商会に響き渡る。


 手にした七色の貝殻が、窓から射す光を受けてきらりと輝いた。


 どこか――これから始まる面倒ごとを、先に祝福しているようにも見えた。


 俺は深くため息をついた。


「……ロピカルハ、か。どうせ行くなら、準備だけはしておかないとな」


 そう呟きながら、手のひらで七色の貝殻をそっと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ