第9話 「魔法士ギルド」
魔法士ギルドは取引所からそれほど離れていない場所にあった。
取引所ほどではないが立派な建物で、白い大理石で作られた壁面が陽光を反射して眩しいほどに輝いている。高くそびえる尖塔にはギルドの紋章が掲げられ、その存在感は際立っていた。
――ここが、魔法士ギルド。
世界最大の魔法士組織であり、同時にこの世界で最も強大で、最も金の匂いがする組織だ。
俺は深呼吸を一つ置いてから、ギルドの重厚な扉を押し開けた。
中に足を踏み入れると、さらに圧倒される光景が広がっていた。天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされ、その光は虹色に輝きながら空間全体を照らしている。フロアには高級な赤い絨毯が敷き詰められ、その上を多くの魔法士たちが談笑しながら行き交っている。
魔法士たちの纏う衣服や魔道具の一つ一つが、高価なものだと一目で分かる代物だった。彼らの会話には、取引所での成功談や最新の魔法理論が飛び交う。俺のような魔法の使えない人間にとってはまるで違う世界の言語のようだ。
受付カウンターに向かうと、受付係が事務的な笑顔を浮かべて対応する。
「ようこそ、魔法士ギルドへ。本日は、どのようなご用向きでしょうか?」
「取引所での取引を行うために、トークンコアにアクセスできる魔法士を雇いたいんだ」
受付の女性は一瞬だけ俺を値踏みするように見た後、慣れた口調で答えた。
「承知しました。ですが、取引魔法士との契約にはそれなりの費用がかかります。ご予算はおいくらでしょうか?」
俺は内心で不安を抱きながらも、正直に答えた。
「できるだけ安く済ませたい」
受付の女性は眉をひそめたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
受付の女性はそう言って、カウンター下からカタログのようなものを取り出した。
「では、こちらの魔法士たちをご覧ください」
受付の女性が差し出したリストには、魔法士たちの名前と契約金額が記載されていた。
その額は最低でも10万ディム、高いものでは1200万ディムにも達していた。
「……こんなに高いのか?」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
手元の資金を思い出す。
――約2万ディム。
手持ちの資金では到底足りない。
受付の女性は淡々と説明を続ける。
「はい、こちらに掲載されている魔法士の方々は、いずれも実績のある方々です。ランクとしてはCからDランクとなっております。そのため契約金額も相応のものとなっております」
その言葉に頷きつつ、俺はページを繰る手を止めた。
「悪いが、これは……ちょっと予算オーバーだな。もう少し、下のランクの資料はあるか?」
「それでしたら、こちらはいかがでしょうか?」
受付の女性は一瞬ため息を堪えたように見えたが、すぐに微笑み直した。
「こちらは、Eランク以下の魔法士と見習い登録者の一覧です」
先ほどよりも一回り薄い冊子が差し出される。
――カリス・ネブロス
ランク:Eランク
出身:レオリア王国 エルドレイン
契約金:90,000ディム
――アンリエ・バルナーク
ランク:Eランク
出身:ラルトロン大公国
契約金:74,000ディム
――ルイナ・ドリス
ランク:Fランク
出身:セドニオ共和国
契約金:52,000ディム
……etc.
先ほど見た魔法士たちよりも安いが、どれも今の俺では契約金すら払うことはできない。
――メリア・F・トラヴィス
ランク:見習い
出身:フォルケ帝国 ターフェル
契約金:30,000ディム
――ダリオ・グレンツ
ランク:見習い
出身:サヴェナリア国
契約金:30,000ディム
……etc.
見習い魔法士ですら3万ディム…
この冊子にも、俺の予算に見合う魔法士はいなさそうだ。
ページをめくり続ける中、最後の一枚が目に留まった。
名前だけが、そこに記されていた。
――アイラシア・ルミナス
それだけだった。
他の魔法士にあったはずの、ランク表示も、出身も、契約金の記載もなかった。ただ名前だけが、まるで異物のようにそこに書かれていた。
「……これは?」
冊子から目を上げて尋ねると、受付の女性はあからさまに眉をひそめた。
「その方は……お勧めしません」
「理由は?」
「アイラシア・ルミナス。魔力が非常に弱く、魔法士ランクも最低のGランク、まともな契約履歴もありません。……端的に申し上げて、ギルドの中で最も評価が低い魔法士です」
その言葉には明らかに侮蔑の色が含まれていた。名前を聞いた周囲の魔法士たちの間で、微かなざわめきが広がった。
噂をする魔法士たちの口から廃棄姫という言葉が聞こえてくる。
周囲の反応からするに、ろくな魔法士ではないらしい。しかし、俺にはそんなことを気にしている余裕はない。兎に角、取引所で魔法さえ使えればいいのだ。
「契約金はどれくらいだ?」
「えっと…ギルドとしては契約が成立することを想定してませんので、特に定めはありません。ご本人との交渉次第というところでしょうか?」
――ならば、チャンスはあるはずだ。
「ほんとうによろしいのですか? その……質については保証しかねますが……」
「構わない。会わせてくれ」
俺の強い口調に、受付の女性は少しため息をつきながらも頷いた。
「……自己責任でお願いします」
受付の女性は呆れた表情を一瞬見せたが、すぐに表情を整え、案内を始めた。
「では、確認を取ります。少々お待ちください」
受付の女性が奥の扉の向こうへと姿を消すと、俺は名簿の最後のページをもう一度見つめた。
『アイラシア・ルミナス』
どこかで聞いたような名字だったが、思い出せなかった。
しばらくして、受付の女性が戻ってきた。
「面会の準備ができましたので、こちらへどうぞ」
俺は受付の女性の後に続き、ギルドの奥へと進んだ。




